技術資料

光害問題と光放射による作用効果

技術開発室 技術部

キーワード

光害,障害光,傷害光,生体リズム,光放射

2.人間に対する光放射の作用効果(つづき)

2.2 生物学的作用効果

太陽放射は,人びとに視覚情報を提供するなど多くの恵みをもたらしているが,反面,目や皮膚に傷害となる影響8)9)を及ぼすことが知られている。このような光放射を傷害光と呼ぶこともある。

(1)目

図5 光放射の区分

目に入射した光放射(図5)は,約400nm以下の紫外放射や約1,400nm以上の赤外放射が角膜や水晶体で吸収され,網膜には可視放射と近赤外放射(780~1,400nm)とが到達する。

角膜などで吸収された紫外(200~400nm)放射量が大きくなると,光角膜炎や光結膜炎などの紫外性眼炎などを引き起こす。また,水晶体は,紫外域320~400nmと赤外域1,100nm付近に吸収を持っている。このため,長期間に大量の光放射を浴びると,水晶体中のクリスタリンと呼ばれるタンパク質が変性し,白内障の原因となる。

一方,太陽を直視するなどして,非常に強い青色光(300~700nm)や熱(300~1,400nm)が網膜に到達すると,視細胞の主要成分が組織破壊を伴って変性し,網膜傷害を引き起こす。

(2)皮膚

皮膚への作用効果の例として,よく知られているのは日焼けである。これには太陽直射光を浴びた直後に皮膚が赤くなる“紅班”と,この紅みが薄れた後に皮膚が褐色を帯びてくる“色素沈着”とがある。紅班は過度になると皮膚の炎症がひどくなり,浮腫や水泡が生じることがある。また,これが慢性化すると皮膚の老化が早まり,皮膚がんの原因にもなるとされる。対策としては,紫外放射(200~400nm)特にUV-B(290~320nm)域の防護が重要になる。

一方,皮膚下の血液中に含まれるエルゴステロール(吸収ピーク260~280nm)などは,紫外放射を受けるとビタミンD₃に変換される。ビタミンD₃の摂取が困難であった時代,北欧などの日射が弱い地域では,クル病対策として日光浴が行なわれていた。

(3)作用効果の評価

傷害光に関する作用効果は,一般に“放射照度×時間”が問題となる。紅班などの作用曲線(分光的な重み付け関数)が判っているものについては,その波長領域を重み付け関数で積分した露光量を基に評価する。

図6 目や皮膚に対する分光的な重み付け関数

国際照明委員会(CIE)では,ランプとランプシステムの光生物学的安全性10)をまとめ,目及び皮膚に対する紫外放射傷害の露光限界(200~400nm),青色光に対する網膜傷害の露光限界(300~700nm),網膜の熱傷害の露光限界(300~1,400nm),目の赤外放射傷害の露光限界(780~3,000nm),皮膚の熱傷害の露光限界(780~3,000nm)などの評価法を示している(図6,表1)。

また,太陽の紫外放射については,国際保健機構(WHO)と世界気象機関(WMO)の付託を受け,CIEがGlobal Solar UV Index11)を作成している。これは,人の紅班の作用曲線で重み付けをしたUV Indexを求め,その値(瞬間値)をLow,High,Very high,Extremeと区分し,それぞれに応じた対策を提案している。

表1 皮膚または角膜の表面に対する露光限界の要約(放射照度基準値)

(CIE S 009/E:2002)

傷害の名称 適用する式 波長範囲 露光時間 開口規制 一定放射照度での
露光限界(EL)
nm sec rad(deg) W/m²
皮膚と眼球
紫外(UV)
Es=ΣEλ・Suv(λ)・δλ 200~400 <30,000 1.4(80) 30/t
眼球注1)
(UV-A)
EUVA=ΣEλ・δλ 315~400 ≤1.000
>1.000
1.4(80) 10,000/t
10
青色光 EB=ΣEλ・Buv(λ)・δλ 300~700 ≤100
>100
<0.011 100/t
1.0
眼球注1)
赤外(IR)
EIR=ΣEλ・δλ 780~3000注2) ≤1.000
>1.000
1.4(80) 18,000/t0.75
100
皮膚注1)
熱的
EH=ΣEλ・δλ 380~3000注2) <10 2π[sr] 20,000/t0.75

注1) JELMA:参考とし評価の対象外 注2) JELMA:2,500nmまで

(4)評価値の意味

傷害光となる露光量の評価値の意味を照度と対比させてみよう。

光放射の物理量は,放射照度(W・m⁻²)などとして取り扱い,一般に“露光量=放射照度×時間”,単位1kWh・m⁻²=1×10⁶J・m⁻²で表す。心理物理量としての光束や照度は,前述したように標準比視感度曲線を重み付け関数として380~780nmの範囲で積分した量であり,単位面積あたりに入射する光束(照度)をルクス(ℓx)で表す。

例えば,目及び皮膚に対する紫外放射(200~400nm)傷害の露光限界10)は,“8時間照射したときの露光量が,露光限界30J・m⁻²を越えないようにする”と記されている。J(ジュール)=W・s(ワット秒)の関係から,30J・m⁻²=30W・s・m⁻²となる。いま,可視放射域(380~780nm)に同レベルの放射量があるものとし,1W=300ℓmで換算すれば,これは約1万ℓx/秒に相当する。

このような生物学的作用効果は,太陽放射のような数千ℓxと言うオーダーで問題になるレベルであり,光害問題が議論される数十ℓx以下のレベルでは,大きな議論の対象にはならないと考えられる。

2.3 生体リズムの調節作用12)13)

地球の生態系は,地球の自転や公転などに基づいた様々な規則的な変動(リズム)を基に創り上げられている。生体リズム,中でも24時間前後の周期を持つサーカディアンリズムは,人間のみならず,真核生物に広く認められる生命現象で,生物が地球の昼夜の変化に適合する過程で進化した機能と考えられる。生体リズムは,光の生物学的作用効果の1つであるが,前述した傷害光とは異なった作用を及ぼす。

人間には少なくとも2つ以上の異なる生物時計があり,これらが24時間周期で同調することによって生命機能を十分に働かせている。光はこのリズムを調整する働きがあり,朝の明るい日差しを浴びることによって,生体リズムをリセットする。しかし,もし何らかの原因で,このリズムに異常が生じれば,疲労感,身体違和感,眠気など脳身体に不全が生じることになる。

(1)人間の生体リズム

図7 人の生体リズム

人間の代表的な生体リズムに,睡眠-覚醒リズム,体温リズム,ホルモン(コルチゾール,メラトニンなど)の分泌リズムがある(図7)。これらのリズムは,光の作用がなければ約25時間周期で変動するが,朝の太陽放射がこれを24時間周期に調整する。

睡眠-覚醒リズムは,眠気が習慣的な就寝時刻からほぼ4時間後の深夜と,ほぼ15時間後の昼間に出現し,特に照度が低い状況下では強く現れる。体温リズムは,朝の起床とともに上昇し,脳が活性化する。これは,人間の覚醒に重要な働きをするコルチゾールの分泌と密接に関係している。コルチゾールは,朝の起床とともに増大する。一方,睡眠や休息・安静と関係するホルモンにメラトニンがある。これは夜間に増加し,朝の起床時には減少する。このようにコルチゾールとメラトニンの働きは反対であり,ほぼ逆のリズムで変動している。

海外旅行などに伴う時差ぼけは,睡眠-覚醒リズムと体温・ホルモン分泌リズムとの調和を欠くこと(脱同調)によって起こる現象である。5~7日程度で再びリズムが同調するが,回復を早める方法として,適切なタイミングに2,000ℓx以上の高照度を3~4時間程度照射することが有効であるとされる。

(2)青色光によるメラトニン抑制

図8 メラトニンの抑制曲線

網膜の視細胞には,前述したように錐体と桿体とがあるが,これに加えてメラトニンの分泌を抑制する光受容細胞が発見された。これは,460nm近傍を中心とした青色光(図8)が効果的に作用し,50~100ℓx以上の光照射で有意に抑制される9)13)14)。メラトニンには,光と同様に生体リズムの位相を変移させる働きや体温を低下させる働きがあり,また抗酸化作用や免疫性をもつホルモンであることから,光とメラトニンの関係が注目されている。

光環境の評価は,これまで網膜の錐体を中心にした光束・照度・輝度などによる方法が大半であったが,これからは新しい光受容細胞による評価を基に,光の活用方法を再考する必要があると思われる。具体的なことは,今後の研究に期待するよりないが,経験的に夜は色温度の低い暖かい白熱電球が良いと言われているように,青色光の少ない色温度の低い光源の見直しが必要になってきたようである。

いずれにせよ,50~100ℓxと言う照度レベルは,通常の道路や公園街路などの屋外照明ではかなり高いレベルであり,屋外照明によるこの影響は小さいと考えられる。

参考文献

  1. 人体と太陽UV防御,第11回JCIEセミナー(2004.4).
  2. LED光源の生体安全性規格化WG報告,照明関連国際規格委員会技術報告,pp.21-44(2004.3).
  3. CIE S 009/E:2002, Photobiological safety of lamps and lamp systems.
  4. CIE S 013/E:2003, International Standard Global Solar UV Index.
  5. 本間研一,本間さと,広重 力:生体リズムの研究,北海道大学図書刊行会(1989).
  6. 白川修一郎:光と人間の生活・健康,人間生活工学,Vol.4, No.3(2003.7).
  7. WJM Van Bommel,GJ van den Beid :Lighting for work: a review of visual and biological effects, Lighting Research & Technology,Vol.36, No.4, (2004).

関連情報


テクニカルレポートに掲載されている内容は、原稿執筆時点の情報です。ご覧の時点では内容変更や取扱い中止などが行われている可能性があるため、あらかじめご了承ください。