技術資料

ウェーブレット解析を用いた目立ち画像生成システム

研究開発本部 技術研究所 照明研究室
東京工業大学 大学院総合理工学研究科 人間環境システム専攻 准教授 中村 芳樹

キーワード

目立ち画像,離散ウェーブレット,輝度分布画像,輝度対比,照明設計

5.画像生成システムの構築

5.1 重回帰係数αkの導出

図6に重回帰係数αkの導出手順を示す。導出手順を以下に列記する。

手順1)
写真測光法により実験刺激を測定し,輝度分布画像を作成する。
手順2)
手順1)の輝度分布画像を対数変換し,対数輝度分布とする。
手順3)
手順2)で得られた対数輝度分布を,離散ウェーブレット(symlet6)により,レベル-9まで分解し,9つの細部画像を得る。
手順4)
9つの細部画像の中心の値(レベル-kの細部画像中心の値を以後βkと呼ぶ)を取得する。
手順5)
被験者の応答結果(13段階評価値,近似式(1)により代替された値)を被説明変数とし,β1~β9の値を説明変数として,重回帰分析を行ない,重回帰係数α1~α9を導出する。重回帰のサンプルは,実験1の応答結果計170サンプルである。以下に評価値およびαとβの関係を示す。

評価値

図6 重回帰係数αの導出手順

※補足

手順2)の対数変換は,フェヒナーの法則により,物理量を感覚量に変換するためのステップのひとつとして行なわれる。

ウェーブレット分解は,空間周波数セレクターとして働く。したがって,手順4)で取得するβの値は,ターゲット中心における,ある空間周波数に限定した対比量を意味している。例えば,レベル-6のβの値(β6)が大きければ,その刺激においては,刺激の中心を原点として,レベル-6相当の空間的サイズを有する輝度対比が,相当量存在している,ということを意味する。被験者は,ターゲットを見て目立ちを評価しているが,回帰においては,ターゲット中心のみの対比量を変数とするため,被験者の応答をターゲット中心点において,代表させて回帰しているという意味を持つ。

また,重回帰係数αkは,ある特定の空間周波数における,人間の目立ち応答特性を表す係数を意味している。

手順5)において被説明変数となる評価値については,以下の符号付与を行なったうえで重回帰分析を行なった。正対比刺激を観察して応答した被験者の評価結果は,全て正の符号を付加し,逆対比刺激を観察したときの応答結果については,全て負の符号を付加した。これは,回帰式により求められる予測値に符号が付与されていれば,その目立ちの大きさのみならず,その目立ちが正/逆対比目立ちのいずれであるかも,同時に診断することができるようになるためである。

5.2 目立ち画像の生成手順

図7に目立ち画像の生成手順を示す。画像生成手順を以下に列記する。

手順A)
目立ち調査の対象を撮影し,写真測光により輝度分布画像を得る。
手順B)
手順A)で得られた輝度分布画像を対数変換する。
手順C)
手順B)で得られた画像を,離散ウェーブレット分解(symlet6)によりレベル-9まで分解し,9つの細部画像を得る。
手順D)
手順C)のレベル-kの細部画像の全ての画素に,重回帰係数αkを積算する。この作業をk=1~9において行なう。
手順E)
手順D)において得られた9つの細部画像のサイズをそろえて,全て足し合わせ,一枚の出力画像を得る。
手順F)
手順E)により得られた画像の各画素における値を,その値ごとに予め設定した色に着色する。

以上,手順1)~6)により得られるαkを用いて手順A)~F)を行なうことにより得られた擬似カラー画像を,目立ち画像と定義する。

図7 目立ち画像の生成手順

※補足

手順E)における出力画像の各々の画素値は,その画素領域に対応する実空間中の一点を実際に観察したときに感じる,目立ちの度合いの予測値を意味する。

各画素の値は,おおむね-13から+13の間で変動するが,極端に大きな輝度対比を有する領域がある場合は,その領域に対応する画素値は-13以下となったり,+13以上の値となる可能性もある。

手順F)における色付けの方法は,特に定められていないが,例えば,+13に対して明るい赤色を設定し,-13に対して明るい青色を設定し,値0に関しては黒色を設定(そのほかの数値に対しては中間の階調を持つ対応色を設定)すると,結果は図9のように呈示される。図8は,図9の目立ち画像生成に用いた写真のうちの一枚である。

図8 評価事例(写真)

図9 評価事例(目立ち画像)

6.目立ち画像の予測精度

図10 予測値と評価値

図10に実験による評価値と,回帰式による予測値との関係を示す。回帰式は実験結果を精度よく近似していることが分かる(自由度調整済み平方重相関係数=0.90)。

7.結論

本研究では,ウェーブレット変換により,輝度分布を解析することで,ヒトの目立ち応答の空間分布を予測できることを示した。更に高精度の目立ち予測を行なうためには,色対比を変数に加えて,回帰式を構築する必要があり,更なる研究が必要となる。目立ち画像は,様々なシチュエーションにおいて応用できる空間解析ツールであり,主に照明設計の分野での貢献が可能である。

目立ち画像は,商業施設や広告看板などの照明演出効果を測定するのに最適と考えられる。目立ち画像を応用すれば,より少ないエネルギーで効果的なライティングを行なうことができる場合もあり,本技術の省エネへの貢献が期待される。

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第19号掲載記事に基づいて作成しました。
(2008年10月30日入稿)


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