技術資料

紫外線無水銀ランプシステム

技術本部 新技術開発部 材料技術開発課
技術本部 新技術開発部 応用技術開発課

キーワード

紫外線硬化,水銀フリー,無電極ランプ,マイクロ波放電

3.無水銀化に際しての課題と検討事項(つづき)

3.2 始動特性の改善

3.2.1 無水銀ランプの始動性阻害要因

図5 無水銀ランプのグロー発光スペクトル

無電極ランプの場合,マイクロ波という電磁波を介して発光管内の添加物質やガスを電離・励起させることから,ランプの始動には,放電開始に必要な電界強度をもつマイクロ波を印加させることが不可欠となる。このとき,始動に必要な電界強度は,封入ガス圧や発光管径等のランプの設計パラメータのほか,発光管内に存在する微量な水分や遊離ハロゲンといった電子付着性物質によっても大きく影響され,無水銀ランプにおいては,特に遊離ハロゲンの存在が始動性を阻害する大きな要因となることが判明した。

図5は,発光物質としてCoを1.1mg/cc,沃化コバルト(CoI₂)を1.9mg/cc,緩衝ガスとしてアルゴン(Ar)を5Torr封入した無水銀ランプについて,未点灯状態のものと30分間エージング点灯を行ったものを,(冷間状態で)テスラーコイルにより高電圧を印加してグロー放電させたときのスペクトルを示している。

未点灯品は封入ガスであるArの発光ピークしか見られないのに対して,エージング品は,340nm近傍に沃素分子に帰属されるピークが確認できる。これは,封入したCoI₂が点灯時の高温プラズマ中においてはCoと沃素(I₂)に熱解離するため,消灯時に全てが元通りに化合せず,一部が遊離I₂として残留しているからだと考えられる。

有水銀ランプの場合,Hgが遊離I₂を捕獲するゲッターとして作用することが期待できるため,通常問題にはならないが,無水銀ランプにおいては,点灯によって電子付着性の高い遊離I₂が管内に生成される結果,始動に必要な電界強度が増加し,始動特性が短時間で著しく悪化する(1~数回の点灯で始動不能に陥る)という問題が顕在化した。Hg代替物質としてのZn金属を添加した場合,短期的には始動性に対しての改善効果が見られたものの,前述したとおり,発光特性を確保するためにはZnの封入量が制限されることもあり,その効果は点灯時間とともに薄れ,数十~数百時間程度の点灯でやはり点灯不能となった。

3.2.2 始動補助板の検討

図6 始動補助板による電界増強効果

このように,発光管内の添加物質の選択だけでは必要な発光特性と始動特性を両立することが極めて困難であったため,空洞共振器の内部に,局所的に電界強度が増強されるような構造体を付加することで,発光管内に作用するマイクロ波の電界強度を高めることを検討した。

具体的には,発光管両端部の外表面近傍に共振器壁と電気的に接続された導電性(アルミ製)の始動補助板を設置した。この補助板は,共振器の中でアンテナとして作用し,その先端部に強い電界を誘起することが期待できる。図6は,補助板設置前後の無負荷時(ランプが点灯していない状態)における共振器内の電界分布図をシミュレーションしたものであり,補助板先端部に強い電界が誘起されているのがわかる。

補助板設置による実際のランプの始動性,及び点灯時の発光特性に与える影響を,共振器内における補助板の突き出し長Lをパラメータとして調査した結果を表1に示す。尚,補助板先端から離れるにつれて作用する電界強度は減衰することから,発光管に接しない程度に近づけるような配置(補助板先端と発光管内表面との距離Dが4mm)とし,始動試験については,20時間連続点灯を行った無水銀ランプの点灯可否をもって評価した。

表1 始動補助板の突き出し長Lに対する始動性と光学特性の関係
L [mm] なし 10 15 20 25 30 40
始動試験結果 ×
(不点)
×
(不点)

(点灯)

(点灯)

(点灯)

(点灯)

(点灯)
UVA積算光量
(相対値)

(1.0)

(1.0)

(1.0)

(1.0)

(1.0)
×
(0.5)
×
(<0.1)

試験結果から,15mm≦L≦25mmの範囲において,発光特性の劣化を引き起こすことなく,始動性の改善効果が見られることがわかった。突き出し長が短すぎる場合,アンテナとしての作用が小さくなり,ランプの始動に十分な電界が誘起されないことから始動に対する効果が見られなかったと考えられる。一方,突き出し長が長すぎる場合には,点灯時の共振電界に対しても大きな影響を与えてしまう結果,発光特性の劣化に繋がったものと推測される。

4.無水銀ランプの寿命特性

4.1 ライフテスト結果

図7 無水銀(Zn-Fe-Co-Ni)ランプの寿命試験結果

図7に,有水銀ランプと同等の初期発光特性が得られた内径6.5mmの無水銀(Zn-Fe-Co-Ni)ランプについて行った寿命試験結果(維持率曲線)を示す。試験は,4時間を1サイクルとして15分間の消灯時間を設定した点滅試験にて行った。

一般的に,印刷・硬化用途に用いられるUVランプの寿命の定義としては初期照度あるいは光量に対して70%を下回った時間とされるが,無電極ランプは電極材料の飛散等による寿命への影響が原理的にないため,有電極ランプが1000時間程度の寿命であるのに対して,3000~5000時間と長寿命であるという特長がある。しかしながら,今回検討した無水銀ランプにおいては,250時間という短時間で発光部の黒化が発生し,極めて短寿命であるという問題が浮上した。

4.2 発光管黒化の原因

図8 石英管(黒化部)断面写真

黒化の原因を探るため,当該部の観察及び元素分析を行った。観察結果から,黒化は発光管表面への異物の付着や薄膜形成によるものではなく,石英管そのものが変色していることに起因していることが判明した(図8)。

石英管内表面に残留する添加物質を除去するためにアセトンにて超音波洗浄を実施した後,変色層をフッ酸によってエッチング,溶解したものを試料として原子吸光法による微量元素分析を行った結果,100~300ppm程度のCoが検出された。また,厚み方向の濃度分布についても調査を行ったところ,内表面から外表面に向かって濃度が高くなる傾向があることが判明した。

これらの結果から,発光物質として添加しているCoが石英管内に拡散,浸透することで石英管の透過性を損なうような黒化が生じたものと判断した。石英管内のCoの拡散速度に関しては文献がなく詳細は不明だが,通常,金属(イオン)の拡散速度は強い温度依存性をもっている(高温になるほど拡散速度が大きくなる)ことから,次に示す無水銀ランプの発光管動作温度が非常に高いという事実と相関をもった現象と考えられる。

4.3 無水銀ランプのアーク形状及び動作温度

図9 有水銀・無水銀ランプの点灯アーク(a)及び熱画像写真(b)(1.5kW点灯時)

図9は,有水銀ランプと無水銀ランプの点灯中のアーク状態の写真,及びサーモトレーサ(NEC三栄 TH9100)にて撮影した熱画像を示したものである。

無水銀ランプの場合,管壁付近にアークが局在化する現象が顕著に起きており,その結果として,発光管温度が上昇してしまっているのがわかる。このことに関連して,発光管形状や共振形態が異なる例ではあるが,水銀量の減少に対して発光管温度が上昇するという実験及び計算結果も報告されている2)

特に,黒化が生じた内径6.5mmのランプについては,使用した送風機の最大送風量である6.6m³/min.での冷却条件においても,発光管外表面温度が最大940℃と高く,さらに,熱変形の問題を回避するために肉厚を2.0mmと厚くしている分,内表面温度に関してはより高温になっていることが予測される。

4.4 無水銀ランプのアーク形状に関する考察

無水銀ランプにおけるこのような発光管動作温度の上昇をもたらすアーク形状の変化に関して,以下のように考察した。

共振器内でのマイクロ波放電においては,マイクロ波エネルギーは常に発光管外部から供給されることになるため,形成されたプラズマ表面とマイクロ波との相互作用がアーク形成に関して大きく影響するものと考えられる。

一般に,電子密度n₀のプラズマにおいてプラズマ周波数ωpは次式で表され,電子密度の平方根に比例する3)。ここで,meは電子の質量,eは素電荷,ε₀は真空中の誘電率である。

一般的な高圧プラズマの電子密度として知られる10¹⁴cm⁻³程度の値を仮定すると,対応するωpは数百GHz以上になるため,マイクロ波の周波数(2.45GHz)より十分高くなっていることから,プラズマは金属的な振る舞いをし,所謂,表皮効果によってプラズマの表面のみに電流が流れるようになる。このときの表皮厚みdは以下の式で表される。ωはマイクロ波周波数,ρとμはそれぞれプラズマの電気抵抗率,絶対透磁率である。

プラズマがマイクロ波のエネルギーを効率的に吸収できるのは,表皮厚み程度であり,その値が大きいほどより内部にまでマイクロ波が浸透できると考えられる。ここで,表皮厚みを決定する電気抵抗率ρは,プラズマ中の中性原子密度が高い,すなわち蒸気圧が高く,イオン化しにくいほど,また,衝突断面積が大きいほど,大きくなると予測されるため,これらの要件を全て満足した物性をもったHgは,プラズマ表面における局所的なエネルギー吸収を緩和する作用があるものと推測される。(Znを含めた他の金属物質は,水銀と比べると相対的に動作時の蒸気圧やイオン化エネルギーが低いため,このような作用は期待できない。)

5.おわりに

以上,UV硬化用の無水銀ランプシステムの実現に向けた検討結果と課題について概説した。無水銀化に伴う各種の技術課題に対して,発光特性及び始動性については従来有水銀ランプと同等の水準にまで到達することができた。

しかしながら,寿命特性に関しては実用レベルには至っておらず,課題が残る結果となった。寿命特性を損なう要因である発光管の黒化については,無水銀化に伴うアーク形状の変化という大きな技術課題に起因しており,システム全体としての対策など,ランプ以外の異なるアプローチが必要と考える。

最後に,本研究は,試作装置の製作や既存技術に関する調査など光デバイス部光技術課と協働して進めてきた。今回の研究成果を踏まえて,当該部署にて新たな用途開発も含めた製品化検討を引き続き行っていく予定である。

参考文献

  1. Ryo Suzuki, Masato Saito, Keiji Watanabe : IEEJ Transactions on Fundamentals and Materials, Vol. 118, No. 1(1998).
  2. 「マイクロ波プラズマの技術」,電気学会・マイクロ波プラズマ調査専門委員会 編,オーム社(2003).

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第33号掲載記事に基づいて作成しました。
(2015年11月11日入稿)


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