技術資料

紫外線励起酸素を用いた滅菌システムにおける酸素注入条件の検討
- Investigation of Generating Active Oxygen From Oxygen Gas in a Sterilization System Employing Ultraviolet Irradiation -

技術本部 研究開発部 光応用研究課
独立行政法人産業技術総合研究所 野田 和俊
東海大学工学部機械工学科 岩森 暁

キーワード

励起酸素,活性酸素種,滅菌処理,バイオロジカルインディケータ,BI,滅菌袋,紫外線ランプ,水晶微小天秤,QCM,指標微生物,枯草菌,芽胞

3.結果と考察

3.1 生残曲線

試験インジケータをチャンバー底部の中央付近に置き(図3),滅菌(殺菌)処理を施した際の処理時間と生残芽胞数の対数表示値との関係を図4に示す。

図3 チャンバー内の様子及び滅菌袋内のバイオロジカル・インディケータ(BI)

図4 処理時間と滅菌袋内のBacillus atrophaeus の生残芽胞数との関係

X軸は処理工程時間(但し減圧工程の時間は含まず),Y軸は生残芽胞数の対数表示値(Log(Ct/Co))を示し,Ctは所定条件で検出された芽胞数,Coは処理前の芽胞数(計数値1.2×10⁶CFU)を表す。図4の試験条件は,滅菌処理時間のみを可変とし,酸素注入速度50ℓ/min,減圧レベル200Pa,設定温度20℃,オゾン分解設定時間5min,ファン駆動無しの条件で実施した。生残曲線は初期4minくらいまでは殺菌効果の低い肩部(shoulder)が見られたが,それ以降は処理時間とともに生残菌数が低下するプロットのグラフが描けた。これは,初期の一定時間を経過すれば指数関数的に菌を減少させることが可能で,励起酸素の中で所定時間以上処理すれば滅菌可能であることを示す。生残曲線の初期段階に肩部が生じたのは,酸素ガスが徐々に注入されるため,始動直後は活性酸素の濃度が低く,また滅菌バックや包装紙に吸収される割合が大きいため,BIに到達する活性酸素が少なく殺菌効果に遅延が生じたものと推察される。得られた生残曲線の指数関数的に減少するラインより最小二乗法により関係式を求めると下記の通りとなる。

  1. (4) Y=-0.828X+2.77 (R²=0.945)

上記の式で,Y軸は生残率log(Ct/Co),X軸は時間(min)を示す。(式よりD値(D-value:90%殺菌に要する時間)を求めると約1.2minとなる。従って,6Dに至る時間は初期の肩部を含めると約11minと計算される。

3.2 酸素注入速度

図5 異なる酸素注入速度と生残芽胞数の関係:処理を酸素注入終了と同時に停止した場合(▲),酸素注入終了後8分間継続した場合(●)

チャンバー内に投入する酸素の注入速度は,発生する活性酸素の濃度,拡散速度が,それにより大きく変化すると推測されることから,殺菌性能に影響する重要な条件と考えられる。適切な酸素注入速度を把握するため,異なる酸素注入速度と生残数の関係を求めた結果を図5に示す。

酸素注入速度を10~50ℓ/minの可変とし,処理の開始は酸素注入開始時とした。処理を酸素注入終了と同時に停止した場合を三角(▲),酸素注入開始から8min間一定処理した場合を丸(●)で示した。他の条件,設定温度20℃,オゾン分解設定時間5min,ファン駆動無し,減圧レベルは,市販のガス滅菌器(EOG滅菌器)で使用されている減圧レベルと同等の200Paに設定して実施した。その結果,酸素注入終了直後の生残数(▲)は注入速度を変えても1桁の減少レベルで変化が無いのに対し,一定の処理時間(8min)経過後の生残数(●)は酸素注入速度の速い条件,すなわち酸素注入が早く終了し残りの処理時間の長い方が,生残数は少なく殺菌効果が高い傾向となった。どの点でも酸素注入開始から終了までの所要時間は8minで同じであるので,この殺菌効果の差は酸素注入速度の差(すなわち処理時間の差)に起因すると考えられる。例えば,酸素注入速度10ℓ/minでは約7.5min後に注入が終了し残りの処理時間が0.5minであるのに対し,酸素注入速度50ℓ/minの場合は約1.5min後に注入が終了するため残りの処理時間は約6.5minとなる。処理時間6minの差が3桁の殺菌効果の違いを生じた計算となる。対象物を所定の時間内に滅菌に導く操作方法としては,酸素注入速度を速め,処理時間を長くとる方が殺菌に有効であることが分かった。

図6 QCMセンサでモニタリングした滅菌工程における滅菌袋内の振動数変化の経時変化

また,滅菌工程中のチャンバー内の滅菌バック内をSilver-QCMセンサを用いてモニタリングした結果を図6に示す。

X軸はモニタを開始してからの時間(min),Y軸は振動数変化⊿f(Hz)を示す。試験条件は図5と同じ条件で実施した。すなわち,計測を開始して所定の圧力(200Pa)まで減圧,その後紫外線ランプ(UV-ランプA)を点灯して酸素注入を開始(モニター開始後10.5min),注入は約2min間で終了し,その後処理工程に入りUV-lamp Aを消灯と同時にUV-lamp Bを点灯(18.5min)してオゾン分解工程に入りUV-lamp Bを消灯(23.5min)して終了とした。モニタ値では酸素注入後大気圧近傍(73kPa:酸素注入開始後1.25min)に達した時点から急激な減少が始まり,その後緩やかな減少に移行,約16minの地点で再び急激な減少が見られ再度緩やかな減少に移行した。QCMの振動数変化は酸素注入後1.5minで始まるのに対し,生残曲線の低下は酸素注入後4min以降で始まるので数分間の時間の差が生じている。この時間の差異は,励起酸素種がBIに到達する前に滅菌袋や包装袋に吸収され,微生物への実質の暴露開始時間が遅れた可能性,あるいは励起酸素種の微生物に及ぼす効果には一定の暴露時間が必要である可能性も考えられる。約16min後のSilver-QCMモニタ値の急激な変化は,その時点から滅菌バック内の酸化速度が高まったわけではなく,銀膜の第二の酸化ステップ,すなわち「急激な酸化層成長の体積膨張による表面欠陥生成および下層未反応銀層の酸化の進行」の結果と推測される13)。またSilver-QCMの挙動から,UV-lamp Aを消灯しオゾンを分解するUV-lamp Bを点灯する工程でも振動数低下が見られることから,この工程でも殺菌効果があることが推察される。従って,励起酸素の処理工程に加えてオゾン分解工程も含めた一連の工程が殺菌に寄与していると考えられる。以上のことから,Silver-QCMは励起酸素滅菌の工程をモニタリングする一手段として利用できることが分かった。

3.3 温度条件および到達真空レベル

図7 チャンバー内設定温度と生残芽胞数との関係

滅菌処理する温度変化で殺菌効果特性に変化が生じるかを調べた。チャンバー内の設定温度を変えたときの殺菌効果を図7に示す。チャンバー内の設定温度を10~50℃で可変,酸素注入速度50ℓ/min,滅菌処理時間8min,減圧レベル200Pa,オゾン分解設定時間5min,ファン駆動無しの条件で実施した。その結果,設定温度を変化させても生残数の大きな変化は見られず,殺菌効果に温度の影響は小さいことが分かった。温度が高くなれば反応性が高まり菌への影響が増す反面,活性種の寿命が短くなり殺菌効果が低減する可能性も考えられたが,試験した温度範囲程度では影響は見られなかった。

図8 到達真空レベルと生残芽胞数との関係:
処理時間6min(●),8min(■)

次に,到達真空レベルが殺菌効果に及ぼす影響を調べた。減圧レベル200Paを基準にして上下に3段階(20Pa,200Pa,2kPa)に変化させて殺菌効果を調べた結果を図8に示す。

図8の四角(■)は処理時間6min,丸(●)は8minで実施した。同じ処理時間で2kPaでは残菌数が計測されたのに対し,20Paでは不検出であった。減圧レベル(真空度)を高く設定した方が殺菌効果が高い結果となった。これは袋の外側で生成された活性酸素の分子・原子が,減圧レベルを高めたことにより,拡散速度および空間を飛来できる平均自由行程が延びたことで,短寿命とされる活性酸素種が滅菌バックの中に配置されたBIに素早く,また多く到達することができるようになったためと推察される。塩素消毒やオゾン殺菌など薬剤による殺菌効果は,使用される薬剤の濃度(C)ならびに接触時間(T)の積,すなわちCT値で決まるとされる14),15)。活性酸素種も微生物にとっては薬剤として作用すると考えられるので,作用効果をCT値の面から考えると,酸素注入速度が速く,到達真空度の高い方が良好な結果を得られたのは,指標微生物(BI)に到達する活性酸素種の濃度が他の条件よりも高くなったためではないかと推察される。つまり,光(紫外線)が過剰にある場合,活性酸素の発生量は投入する酸素量に依存することとなり,酸素の注入速度を速め短時間で一定量を注入すると高濃度の活性酸素が得られる。酸素を注入してからの経過時間(処理時間:T)は一定であるので,殺菌効果は発生した活性酸素の濃度(C)に比例して高くなったと考えられる。また減圧レベル(真空度)は酸素の拡散速度と関係し,真空度が高くなれば短寿命とされる活性酸素が失活しないままBIの近傍まで進み濃度を高めることにつながったのではないかと推測される。なお,今回の試験結果から光(紫外線)量が殺菌効果(光化学反応)の律速になっている傾向は見られない。

3.4 指標微生物のSEM観察

滅菌処理前後の枯草菌(Bacillus subtilis)芽胞をSEMで観察した結果を図9に示す。図9(a)は対照サンプル(未暴露),(b)はチャンバー内の袋の外側に配置,(c)は袋の内側に配置したサンプルで,(b)(c)共に処理時間15minで実施して滅菌が確認されている。SEM観察の結果,励起酸素処理前後において芽胞(spore)の外観形状に大きな変化は見られなかった。プラズマ発生装置で生成した活性酸素種による暴露試験では芽胞の外層が削られたように細くなることが報告されているが16),今回の紫外線で励起した活性酸素種では,芽胞の大きさ,形状,表面状態など外観に変化がなく不活化に至っていた。枯草菌芽胞の外側は胞子殻(coat)と呼ばれる複数の厚い層で構成され,その主成分はタンパク質である。これらは各々のタンパク質の集合過程に関与し,また形態形成に機能しているタンパク質の存在も知られている17)。活性酸素によりこれらのタンパク質は,そのアミノ酸基や活性部位が酸化され,失活することにより機能阻害が生じ不活化に至っているものと考えられる。

図9 Bacillus subtilisのSEM観察像:
(a)未曝露,(b)チャンバー内の袋の外側に配置,(c)袋の内側に配置

4.まとめ

紫外線励起の活性酸素滅菌装置を用いて滅菌袋に入れたBIで殺菌性能を評価した結果,以下の知見を得た。

  1. チャンバー内への酸素注入速度に関して,注入速度を速くすると殺菌率は上昇し,殺菌効果は注入後の処理時間に影響されることが分かった。
  2. チャンバー内設定温度(10~50℃)は,殺菌効果に影響しないことが分かった。
  3. 滅菌工程で減圧レベル(到達真空度)を高くすると殺菌効果が高まる傾向が見られた。これは活性種の移動速度が増した結果,失活しないで到達できる活性酸素の量が増えたことが原因と推測された。
  4. SEM観察の結果,紫外線で励起された活性酸素処理で不活化された芽胞の物理的形態に大きな変化が観察されなかったことから,活性酸素種の作用効果は,芽胞の機能タンパク質を失活させることで不活化に導いているものと考えられた。

謝辞

本研究は科学技術振興機構(JST)委託研究(研究成果最適展開支援事業(A-STEP)のもとで実施した。

参考文献

  1. H. Matsumoto, M. Matsuoka, T. Iwasaki, S. Kinoshita, S. Iwamori and K. Noda: Photopolymer Science and Technology 22 (2009) 279.
  2. H. Matsumoto, M. Matsuoka, K. Yoshino, T. Iwasaki, S. Kinoshita, K. Noda and S. Iwamori: Chem. Lett., 38 (2009) 1146.
  3. H. Matsumoto, Y. Shibata, F. Fumio, K. Yoshino, M. Matsuoka, T. Iwasaki, S. Kinoshita, K. Noda and S. Iwamori: J. Vac. Jpn., 53 (2010) 206.
  4. Takuya Uekado, Naoyuki Yamashita and Hiroaki Tanaka: EICA 14 (2009) 19 [in Japanese].
  5. I. Soumiya: Ozone Handbook, (Sanyuu, Yokohama, 2004) 1st ed. Vol. 1, Chap. 5, p. 81 [in Japanese].
  6. V Raballand, J Benedict, J Wunderlich, A von Keudell: J. Phys. D: Appl. Phys., 41 (2008) 115207.
  7. H. Watanabe, H. Takamatsu: Spore of Microorganisms, ed. H. Watanabe, T. Tsuchido, Y. Sakagami (Science Forum, Chiba, 2011) 1st ed. Vol. 1, Chap. 1, p. 10 [in Japanese].

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第28号掲載記事に基づいて作成しました。
(2013年5月8日入稿)


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