技術資料
生物系(植物・昆虫)への光放射応用に関する研究
Artificial Light Application to the Biological Field of Plant Growth and Insect Control
技術研究所 光応用研究室
キーワード
人工光源(Artificial light application),昆虫行動制御(Insect control),植物育成(Plant Growth)
「低誘虫照明」のご案内
虫の好む紫外線をカットした低誘虫ランプであるLEDランプやセラミックメタルハライドランプ、高圧ナトリウムランプをご紹介する「低誘虫照明」の詳細は以下よりご覧いただけます。
- 「虫対策」低誘虫照明
1.はじめに
生物系分野の放射応用では主に「需要と供給」の点から安価な一般照明用人工光源が応用されている。従って生物系分野での選択利用にあたっては光源特性の必要な情報が得られていないのが現状である。光源製造企業に所属する私の役目として,放射応用を円滑に推進すべく種々光源の特性を明らかにし,植物工場,種苗工場,温室補光,害虫防除照明などに人工光源を効率よく積極的に利用推進することを社会貢献の一助と考えている。このたびの栄えある生態工学会学術賞の受賞については,多くの企業研究者の仕事内容同様浅学多彩であるが,積年の社会貢献を含む評価として大変光栄に思い感謝する次第である。
2.研究概要
2.1 植物育成関連
植物育成関連では,人工光源を評価するために光合成作用曲線を作成した。図1に示すもので,McCree(1972)とInada(1976)の61種の植物の作用曲線を平均化したものである。この作用曲線を各種人工光源の分光放射エネルギーに乗じ,植物の育成効果を評価する育成放射効率とした。光源の分光放射エネルギー計測の波長範囲については,通常人間の眼を対象しているため正式には380~780nm,簡易的には400~700nmの範囲しか計測されていない。植物の生理的有効放射の範囲は300~800nmとされているため短波長側の300~400nmと長波長側の700~800nmに不備が出る(図2参照)。従って,植物育成に利用されている光源の殆ど(各々3本)の分光放射エネルギーの再計測を行い,R/B比,R/FR比を併せて評価した。(1987年より始め1992年に和文で取り纏め,1999年に当時の農機研・高尾先生のお薦めで,JARQに掲載された。) 人工光源を利用する関連諸氏にご参考頂ければ幸いである。表1は代表的光源の効率と育成放射効率を示したもので,赤色成分の多い高圧ナトリウムランプが最も効率が高いことを確認した。
ランプ名 | ランプ効率(ℓm/W) | 育成放射効率(%) | 備考 |
---|---|---|---|
蛍光ランプ | 100 | 18.5 | Hf32W 昼白色 |
蛍光水銀ランプ | 55 | 10.2 | 400W,X形 |
メタルハライドランプ | 95 | 19.5 | 400W 蛍光形 |
セラミックメタルハライドランプ | 95 | 23.7 | 400W,T管透明形 |
高圧ナトリウムランプ | 139 | 28.7 | 360W 透明形 |
2.2 昆虫行動制御関連
昆虫行動制御関連では,道路照明など人工光源に誘引された昆虫の斃死などの自然環境への影響問題もあり,誘引性を少なくするため,紫外放射を低減したUVカット形のメタルハライドランプ(MHL)を開発した。また,誘引効果の実証試験と誘引性などの評価を併せて行った。誘引性評価は,光源の分光エネルギーに標準的な昆虫の視感度曲線を乗じて評価するが,すでに知られていたBickford(1964)の視感度曲線の対象昆虫が不明で苦労をした。この曲線を標準的に人工光源の昆虫の誘引性評価が行われており,対象昆虫が不明なものを標準的に扱うことは気になっていた。最近になってキイロショウジョウバエBertholf(1932)ではとの示唆と文献を総合研究大学院大学・蟻川先生より頂き非常にありがたかった。標準的な昆虫視感度曲線の再検討化を感じている。図3は各種光源の誘虫性を示し,白熱電球を100としたときの比較である。図4はUVを低減した低誘虫形MHLの分光エネルギー分布を示す。低誘虫形MHLは現在主に,ゴルフ練習場,コンビニエンスストア,サービスステーションなどで使用されている。
※白熱電球を100とした場合
次に,農業害虫の防除用として黄色高圧ナトリウムランプ(以下YHPSL)を開発し,各種作物における実証効果を行い,現在も確認中である。人工光源を利用した害虫防除については,果樹園などで吸汁夜蛾類を対象とした防蛾灯(黄色蛍光ランプ)が知られているが,新たにオオタバコガ,ハスモンヨトウなどの難防除害虫が発生し,幅広い作物種における食害が問題化されていた。さらに健康や環境の問題で農薬の削減が叫ばれていた中,YHPSLは露地作物用として広範囲を安価に防除可能なため最近徐々に普及し始めている。図5はYHPSLと一般形高圧ナトリウムランプ(以下HPSL)の等光束時の誘引試験結果であり,YHPSLはHPSLより誘引性が低いことを示した。図6はYHPSLの分光エネルギー分布を示す。
最後に,生態系保全の問題に関連し,LEDを利用した水中ライトトラップを開発した。具体的には水田などの水圏生態系の水生昆虫,小動物の生息数を調査するための標準的ライトトラップの開発である。各色LED(赤660nm,緑520nm,青470nm,白色470nmピーク,紫外365nm)を使用して,チャンバー試験による誘引性を確認し,フィールド試験を行い,白色LEDを誘引光源に定めた。図7は各種光源による水中ライトトラップの誘引試験結果を示す。なお,昆虫関連のフィールド試験や誘引昆虫の同定については,共同研究者の埼玉県農総研の江村薫氏の仕事によるものである。
3.おわりに
このたび,栄えある生態工学会学術賞の受賞に際し,多くの方々からさまざまなるご支援を賜った。以下に記して感謝申し上げる。
植物関連については,元電力中央研究所・蓑原善和先生,千葉大学園芸学部大学院・後藤英司教授,石神靖弘先生,京都大学大学院・清水浩教授,筑波大学大学院・久島繁教授。昆虫に関しては,東京農業大学・後閑暢夫名誉教授,埼玉県農林総合研究センター・江村薫氏。 個々の共同研究先としては,キッコーマン(株)・布村伸武氏(故人),(株)朝日工業社・磯野一智氏,本田重夫氏。岩崎電気(株)社内では,川井博氏(元研究所長),荒井広充氏,内田浩二氏,岡安賢治氏,柴田好久氏ほか大勢の方々に多くの支援を賜り感謝するとともに,学術賞の推薦を賜った大阪府立大学大学院の北宅善昭教授,生態工学会・表彰委員会の大政謙次委員長(前)および委員の方々,さらに玉浦裕会長(前)に深甚なる感謝を申し上げる。
関係業績
- 江村薫・田澤信二,2004:光による昆虫行動の物理的制御法を用いた生態工学的な昆虫制御技術の開発.生態工学,16(3),237-240.
- 馬稚昱・清水浩・森泉昭治・宮田真知子・道園美弦・田澤信二,2006:明期,暗期および光中断期におけるキクの節間伸長量の画像解析.植物環境工学,18(1),65-71.
- Ma, Z., Shimizu, H., Shimizu, S., Moriizumi, S., Miyata, M., Douzon, M. and Tazawa, S., 2007 : Effect of Light Intensity, Quality and Photoperiod on Stem Elongation of Chrysanthemum cv. Reagan. Environ. Control Biol., 45(1), 19-25.
- 清水浩・馬稚昱・田澤信二,2008:青色蛍光灯と青色LEDではキクの茎伸長に与える影響が異なる.植物環境工学,20(2),16-19.
- Tazawa, S., 1999 : Effects of various radiant sources for plant growth(Part1). Japan Agricultural Research Quarterly(JARQ), 33(3), 163-176.
- Tazawa, S., 1999 : Effects of various radiant sources for plant growth(Part2). Japan Agricultural Research Quarterly(JARQ), 33(3), 177-183.
- (著書)
- 田澤信二,1997:1.1植物育成用光源,1.2植物育成用光源の評価,1.3各種利用光源の概要.植物工場ハンドブック(高辻正基編).東海大学出版会,東京,35-43.
- 田澤信二,1998:2.2人工光UV,5.1農業分野,5.4食品分野,5.5環境浄化,付録2各種UV関連製品特性.UVと生物産業 - UV(紫外放射)の影響と利用 - ((社)照明学会編).養賢堂,東京,23-34,86-102,127-138,138-150,191-125.
- 田澤信二,2004:6.露地栽培への応用.黄色灯による農業害虫防除(江村薫・田澤信二編著).(社)農業電化協会,東京,77-85.
- 田澤信二,2005:Ⅲ-9.テラヘルツ光の農業分野への応用.テラヘルツテクノロジー(大森豊明監修).(株)NTS社,東京,298-317.
- 田澤信二,2006:2.LEDの種類と特性・使用上の注意.LEDの農林水産分野への応用(田澤信二編著).(社)農業電化協会,東京,19-32.
- 田澤信二,2007:5.2.1人工光利用植物生産システム(植物工場).現代電力技術便覧((財)電気科学技術奨励会編).オーム社,東京,1154-1160.
- (その他)
- 田澤信二,1995:人工光源の植物栽培への応用.照明学会誌,79(4),16-19.
- 田澤信二,1998:農業分野における人工光源の応用(上).農業電化,51(9),9-13.
- 田澤信二,1998:農業分野における人工光源の応用(下).農業電化,51(11),8-12.
- 田澤信二,1999:植物育成用光源の最新情報.日本植物工場学会 SHITA REPORT,15,16-28.
- 田澤信二,2001:光バイオインダストリー・植物工場用育成光源の動向.電気学会誌論文A,121-A(11),973-976.
- 田澤信二,2001:害虫行動を制御する黄色ランプ.照明学会誌,85(3),217-221.
- 田澤信二,2003:露地栽培への黄色灯の利用.生態工学会,東京,47-51.
- 田澤信二,2006:植物工場の照明環境.照明学会誌,90(8B),542-546.
©The Society of Eco-Engineering
この記事は,生態工学会発行『Eco-Engineering(生態工学)』第22巻第1号,31-34頁(2010年)に掲載された記事を,一部レイアウト及び書式を変更して転載したものである。
この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第23号掲載記事に基づいて作成しました。
(2009年11月29日「生態工学」誌受理)
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