技術資料

芽胞形成菌の紫外線感受性(その2) - 枯草菌芽胞 -

技術研究所 光応用研究室

キーワード

芽胞形成菌,枯草菌,指標菌,紫外線,生残曲線,滅菌,殺菌,不活化

1.はじめに

和名で「枯草菌」と呼ばれるBacillus subtilisは,自然界,家庭内,病院内に広く存在しているグラム陽性桿菌の芽胞形成菌である。その名の通り,藁など枯れた草から分離されることが多く,身近で利用されている納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)も同じ仲間である。枯草菌芽胞(Bacillus subtilis spore)は,熱や消毒薬などに強い抵抗性を示すので,従来より乾熱法やガス法による滅菌評価の指標菌株として使用されてきた1)。近年になって,DNA相関に基づく再評価の結果,Bacillus subtilisには2つの系統が混在していることがわかり,乾熱法の指標菌 Bacillus subtilis DSM 675(ATCC 9372)およびガス(EOG)法の指標菌 DSM 2277(ATCC 51189)は,それぞれ Bacillus atrophaeus DSM 675,およびDSM 2277とされ,Bacillus subtilisとは別の菌に分類されるようになった2) 3)。そのため和名で枯草菌と呼ばれるBacillus subtilisは最終滅菌法の指標菌から外れることになったが,古くから基礎生物学の試験菌として使用され,現在でも日本薬局方の各種試験法の指標菌として使用されている4)

通常,試験等に使用する微生物の菌株は,微生物分与を専門とする微生物保存機関より購入する。学名の最後に記載される英字と数字の番号は,各保存機関名のイニシャルおよび菌株番号を表す。同じ学名でも番号が異なる場合は,出所が異なり遺伝学的に異なる可能性のある菌株であることを意味する。各微生物保存機関同士では,出所が同じとされる他の保存機関の番号をも情報として記載しているが,異なる微生物保存機関の所有する同じ菌株とされる菌株同士について,遺伝学的に完全に同一であるとの保証はなく,紫外線感受性についても全く同一であるとの保証はない。

そこで本報では,同一の菌株とされる枯草菌について異なる微生物保存機関から菌株を入手し,その菌株の紫外線感受性について違いがあるのかを検証した。また,紫外線感受性の評価方法において,供試サンプルの状態で感受性に違いが出るかを,芽胞液の状態とメンブレンフィルタ上にトラップした状態で試験を実施して検証したので報告する。

2.実験方法

2.1 使用した枯草菌

図1 枯草菌芽胞*の電子顕微鏡像

試験には,枯草菌芽胞 Bacillus subtilis(Ehrenberg 1835) Cohn 1872 sporeを用いた(図1参照)。この菌株は,日本薬局方に微生物限度試験や無菌試験等で指標菌株として記載されている4)。入手した3菌株のうち,2つは日本,もう1つはアメリカの微生物保存機関から購入した。菌株番号および購入先を表1に示す。

表1 使用した枯草菌株
学名:Bacillus subtilis(Ehrenberg 1835) Cohn 1872
保存機関の菌株番号 購入先
NBRC 3134 (独)製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジー本部 生物遺伝資源部門
JCM 2499 (独)理化学研究所 バイオリソースセンター 微生物材料開発室
ATCC 6633 ATCC:American type culture collection(米国)

2.2 芽胞液の調製方法

枯草菌の培養は,SCD(soybean casein digest)寒天培地上で所定の温度(30℃)で1週間以上培養し芽胞を形成させた後,その芽胞を含む菌液を滅菌水に溶解させ,遠心器(3000g×10min)にかけた後,上清液を捨て,新たに滅菌水を加えよく撹拌,また遠心を繰り返して精製を行った。その操作を5回した後,ヒートショック(80℃15分)をかけ栄養体を死滅させ芽胞だけにし,再度,遠心器にかける精製を5回繰り返した。取得した芽胞液は,滅菌水を用いて10倍釈放法により希釈し,SCD寒天培地で培養したのち,計数して菌液濃度を確定した。

2.3 紫外線感受性試験の方法

図2 紫外線感受性評価装置の概要

試験に使用した紫外線感受性評価装置(岩崎電気(株)製)を図2に示す。紫外線光源として8W低圧水銀ランプ(GL8-2-2:岩崎電気(株)製)2灯を配置,0.1秒単位でシャッターを開閉して照射時間を制御できる装置となっている。使用した低圧水銀ランプは,波長253.7nmの紫外線が主波長のランプで,波長200nm以下の真空紫外域の光がカットされている殺菌用の紫外線ランプである。

芽胞液照射の場合は,所定の濃度に調製した芽胞液10mℓをシャーレ(ø45mm)に入れ,シャッター下方のスターラ上に置き,スターラを回して撹拌しながら設定した所定の時間照射した。メンブレンフィルタ供試サンプルの場合は,孔径0.45μmのメンブレンフィルタを使用した37mmモニター(アドバンテック製)で,芽胞液10mℓを吸引ろ過してサンプルを作製し,芽胞液の水面の高さと同じ位置になるようにして紫外線を照射した。

2.4 紫外線照度および紫外線照射量の計測方法

紫外線ランプから照射される紫外線の照度の計測には,可視光域に吸収を持たないヨウ化カリウム法による化学線量計5)を採用した。化学線量計は,吸収された光エネルギーを吸収係数(物質固有の波長ごとの吸収率)と,量子収率(濃度によって反応率が異なる)を基に算定することによって紫外線照射量を求める方法である6)。市販の紫外線照度計は,JIS等の統一規格がないため各社それぞれのトレーサビリティー体系で値を表示しているのに対し,化学線量計の場合は同じ方法で実施すれば同じ値が得られ,また,アメリカのNIST(National Institute Standards and Technology)でも国家標準との整合が確認されている7)。芽胞液に照射される紫外線照射量:Dose(mJ/cm²)は,化学線量計で求めた液面の紫外線照度I0(mW/cm²),芽胞液の紫外線吸光度:Abs(λ=254nm,10mmセル:cm⁻¹)と深さ:d(cm)から平均紫外線照度Iavg(mW/cm²)を求め,照射時間:Time(s)を掛けて算出される(①②式参照)。

また,参考として,紫外線照度計を用いて,同一の条件で照度測定を実施した。使用した紫外線照度計は,アイ紫外線積算照度計 UVPF-A1(岩崎電気(株)製),およびアイ殺菌線照度計 UVP254Σ-01(岩崎電気(株)製))を用いた。

図3 アイ紫外線積算照度計 UVPF-A1 HEAD SENSER PD-254
(製造元:岩崎電気株式会社)

図4 アイ殺菌線照度計 ハンディタイプ UVP254Σ-01
(製造元:岩崎電気株式会社)

2.5 芽胞の計測方法と生残曲線の作成方法

供試サンプルが芽胞液の場合,紫外線を照射した芽胞液10mℓを,各々スピッツ管に移し,10倍希釈法により数段階の希釈液をつくり,その段階希釈した1mℓをSCD寒天培地に複数枚塗抹して培養後芽胞数を求めた。供試サンプルがメンブレンフィルタの場合では,芽胞が載ったメンブレンフィルタを,照射後50mℓ容量のプラスチックチューブに入れ,20mℓの滅菌水を注入,よく振り超音波処理(10分)を2回繰り返して滅菌水中に菌を溶出させ,芽胞液と同様に段階希釈をして芽胞数を求めた。生残曲線は,X軸を化学線量計で求めた紫外線照射量(mJ/cm²),Y軸を初発芽胞数(Co)から所定の紫外線照射量時の芽胞数(Ct)の対数減少率(-Log(Ct/Co))をプロットして作成した。

3.結果と考察

3.1 紫外線照度の計測結果

図5 ヨウ化カリウムによる線量計測

線量計溶液の波長352nmにおける吸光度を測定し,得られた照射時間と吸光度(紫外線照射量:UV dose)の関係を図5に示した。図5の傾きから,試料表面における紫外線照度I0を求めると0.699(mW/cm²)と計算された。このI0は試料水の表面照度であるので,使用した芽胞試験水の平均紫外線照度Iavg(mW/cm²)は,①および②式を用い,芽胞液の紫外線吸収度(cm⁻¹)と水深(cm)の値を代入して求めた。実施した3種の枯草菌芽胞液およびメンブレンフィルタ上の芽胞の均紫外線照度Iavgを表2に示す。また,試料水の表面照度I0点における紫外線照度計を用いた計測結果を表3に示す。化学線量計値を基準に考えると,アイ紫外線積算照度計 UVPF-A1では1.10倍,アイ殺菌線照度計 UVP254Σ-01では0.84倍の照度を示した。

表2 使用した枯草菌株の性状
保存機関の菌株番号 供試サンプル状態/初発菌数
(cfu/mℓ)
紫外線透過率(%) 平均紫外線照度 Iavg(mW/cm²)
NBRC 3134 滅菌水中 平均1.6×10⁶ 99.6 0.691
JCM 2499 滅菌水中 平均1.6×10⁶ 99.6 0.691
ATCC 6633 滅菌水中 平均2.1×10⁶ 99.1 0.698
表3 紫外線照度の計測結果
計測方法 読み値(mW/cm²)
1 2 3 4 5 平均 比/化学線量計
化学線量計 - - - - - 0.699 1
アイ紫外線積算照度計 UVPF-A1 0.773 0.774 0.768 0.773 0.758 0.768 1.10
アイ殺菌線照度計 UVP254Σ-01 0.590 0.580 0.570 0.620 0.60 0.590 0.84

3.2 枯草菌芽胞の生残曲線

各機関から入手した枯草菌芽胞に対する紫外線感受性の生残曲線を図6~図9に示す。また,表4にそれぞれの生残曲線から求めたDs値(生残曲線の初期の勾配の緩い誘導期(肩部),すなわちX軸切片の紫外線照射量),D値(decimal reduction value:一般に菌数を1/10(90%不活化)にする時間または線量をいうが8),ここでは紫外線照射量で表示)と芽胞数を-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量を示す。試験芽胞液の初発芽胞数は105cfu/mℓ(10mℓ全量で10⁶cfu)程度を目標に実施した。

図6 B.subtilis (NBRC 3134) spore 生残曲線

図6は,枯草菌(NBRC 3134)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には勾配の緩い誘導期(肩部)が見られるが,その後は直線的な減少が続き,また減少が緩やかになる曲線となった。生残曲線の直線部の勾配からD値を求めると5.7mJ/cm²,また-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量は,関係式より19.9mJ/cm²となった。

図7 B.subtilis (JCM 2499) spore の生残曲線

図7は,枯草菌(JCM 13721)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には同様に肩部が見られるが,その後は直線的な減少が続く曲線となった。D値は5.9mJ/cm²,-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量は,関係式より20.3mJ/cm²となった。

図8 B.subtilis(ATCC 6633) sporeの生残曲線

図8は,枯草菌(ATCC 6633)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には少し肩部が見られ,その後直線的な減少が続く曲線となった。D値は5.9mJ/cm²,-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量は,関係式から20.2mJ/cm²となった。

図9 B.subtilis(NBRC 3134) sporeの生残曲線
- メンブレンフィルタ上 -

図9は,枯草菌(NBRC 3134)芽胞をメンブレンフィルタ上にトラップして同様に紫外線照射した生残曲線である。芽胞液の場合とは異なり初期に肩部は見られず,直線的な減少が続く曲線となった。D値は6.9mJ/cm²,-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量は,関係式から20.6mJ/cm²となった。

表4 枯草菌株の紫外線感受性結果
保存機関の菌株番号 供試サンプル状態 Ds値(mJ/cm²) D値(mJ/cm²) -3Log 不活化に必要な紫外線照射量(mJ/cm²)
NBRC 3134 滅菌水中 2.8 5.7 19.9
JCM 2499 滅菌水中 2.5 5.9 20.3
ATCC 6633 滅菌水中 2.4 5.9 20.2
NBRC 3134 メンブレン上 0 6.9 20.6
  • 注1) Ds値:生残曲線の肩部の紫外線照射量,すなわちX軸切片の紫外線照射量を示す。
  • 注2) D値:一般に菌数を1/10に減少する時間または線量をいうが,ここでは1/10にする紫外線照射量を示す。

まとめ

表4に示した結果一覧の通り,枯草菌芽胞-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量は19.9mJ/cm²(NBRC 3134),20.3mJ/cm²(JCM 13721),20.2mJ/cm²;(ATCC 6633)となった。各機関から入手した同一の出所とされている枯草菌芽胞の紫外線感受性(芽胞菌液)は,プロット点の選択,近似曲線の引き方により多少値が違ってくるものの,ほぼ同一と考えてよいことが分かった。また,これらの値は,文献値9) 10)とは異なるもののIWASAKIテクニカルレポート芽胞形成菌の紫外線感受性(その1)で報告したNBRC 3134を用いた紫外線外線照射量の結果と同じで,再現性も確認された。

メンブレンフィルタ上にトラップした枯草菌芽胞(NBRC 3134)の場合,生残曲線の初期の勾配に違いが見られなかったものの,-3Log(99.9%)不活化に必要な紫外線照射量は20.6mJ/cm²となり,芽胞液での場合と変わらず,供試サンプルの違いによる紫外線感受性の違いは見られなかった。

参考文献

  1. 佐々木次雄,中村晃忠,三瀬勝利:滅菌法及び微生物殺滅法,財団法人 日本規格協会,pp.63-70(1998).
  2. Berube R, Oxborrow GS, Gaustad JW:Sterility testing - validation of sterilization processes and sporicide testing. In: Block SS, ed. Disinfection, Sterilization, and Preservation, 5th ed. Philadelphia:Lippin-cott Williams & Wilkins 2001;1361-1372.
  3. Fritze D, Pukall R: Reclassification of bioindicator strains Bacillus subtilis DSM 675 and Bacillus subtilis DSM 2277 as Bacillus atrophaeus. Int J Syst Evol Microbiol 2001 ;51:35-37.
  4. 第15改正日本薬局方,財団法人日本公定書協会,pp.79-97(2006).
  5. R.O.Rahn, et al .:Quantum Yield of the Iodide-Iodate Chemical Actinometer: Dependence on Wavelength and Concentrations, Photochemistry and Photobiology , 78(2), pp.146-152(2003).
  6. 廣戸裕子,大瀧雅寛:中圧ランプに対応した化学線量,第11回日本水環境シンポジウム講演集,pp.64-65(2008).
  7. James R. Bolton et al .:Determination of the Quantum Yield of the Ferrioxalate and KI/KIO3 Actinometers and a Method for the Calibration of Radiometer Ditectors, 5th Ultraviolet World Congress (2009).
  8. 河端俊治,原田常雄:殺菌灯による水の消毒,照明学会誌,36(3), pp.89-96(1952).
  9. Water Environment Federation, Wastewater Disinfection. Manual of Practice FD-10, (1996).
  10. 第15改正日本薬局方,財団法人日本公定書協会,pp.1596-1598(2006).

この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第23号掲載記事に基づいて作成しました。
(2010年12月1日入稿)


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