技術資料
芽胞形成菌の紫外線感受性(その1)
技術研究所 光応用研究室
キーワード
芽胞形成菌,枯草菌,指標菌,紫外線,生残曲線,滅菌,殺菌,不活化
殺菌・滅菌(紫外線殺菌・電子線滅菌)のご案内
紫外線を放射する殺菌ランプを利用した紫外線殺菌ソリューション「殺菌・滅菌(紫外線殺菌・電子線滅菌)」の詳細は以下よりご覧いただけます。
- 殺菌・滅菌(紫外線殺菌・電子線滅菌)
1.はじめに
滅菌器は,その使用する技術により有効性を評価するための指標微生物(指標菌)が定められていて,高圧蒸気滅菌器(オートクレーブ)やホルムアルデヒド消毒器に対しては,Geobacillus stearothermophilus芽胞,EOG滅菌器および乾熱滅菌器では,Bacillus atrophaeus芽胞,γ線や電子線などの放射線滅菌についてはBacillus pumilus芽胞とされている1)。紫外線殺菌法については,今のところ滅菌器としては認められていないため,定められた指標菌は無いが,芽胞形成菌は紫外線にも耐性があることが知られていて,殺菌効果を試験するテスト菌として頻繁に使用されている。
芽胞形成菌が,滅菌の指標菌として使用される最大の理由は,その芽胞(spore)が,極めて殺滅しにくい構造を有していることによる。芽胞形成菌は栄養型の分裂増殖が困難となった環境下で芽胞を形成し,環境が改善すると発芽し再び細菌に復元して増殖する。芽胞は熱,乾燥,消毒薬に強い抵抗性を示し,乾燥環境表面で長期間生存することができる。
本報では,各種の滅菌器の指標菌として使用される芽胞形成菌の紫外線感受性(紫外線照射量)を求めることを目的とした。紫外線ランプから照射される紫外線の照射量をヨウ化カリウム法による化学線量計で値付けをし,4種類の芽胞形成菌の紫外線感受性試験を実施したので,その結果を報告する。
2.実験方法
2.1 芽胞液の調製方法
試験に供した芽胞形成菌を表1に示す。菌の培養は,SCD(soybean-casein digest)寒天培地上で所定の温度で1週間以上培養し芽胞を形成させた後,その芽胞を含む菌液を滅菌水に溶解させ,遠心器(3000g×10min)にかけた後,上清液を捨て,新たに滅菌水を加えよく撹拌し,また遠心を繰り返して精製を行った。その後,ヒートショック(80℃15分)をかけ栄養体を死滅させ芽胞菌だけにし,再度,遠心器にかける精製を5回繰り返した。取得した芽胞液は,滅菌水を用いて10倍釈放法により希釈し,SCD寒天培地で培養したのち,計数して菌液濃度を確定した。
学名 | NBRC 番号 |
指標/用途 | 培養 |
---|---|---|---|
Bacillus subtilis (Ehrenberg 1835) Cohn 1872 spore | 3134 | 局方微生物限度試験 局法無菌試験 |
30℃ 1日~ |
Bacillus atrophaeus Nakamura 1989 spore | 13721 | EOG滅菌指標 局方最終滅菌 |
30℃ 1日~ |
Bacillus pumilus Meyer and Gottheil 1901 spore | 14367 | 放射線滅菌指標 | 30℃ 1日~ |
Geobacillus stearothermophilus (Donk 1920) Nazina, et al. 2001 spore | 13737 | 高圧蒸気滅菌指標 局方最終滅菌 |
50℃ 2日~ |
2.2 紫外線感受性試験の方法
試験に使用した紫外線感受性評価装置(岩崎電気製)を図2に示す。紫外線光源として8W低圧水銀ランプ(GL8-2-2:岩崎電気製)2灯を配置,0.1秒単位でシャッターを開閉して照射時間を制御できる装置となっている。使用した低圧水銀ランプは,波長253.7nmの紫外線が主波長のランプで,波長200nm以下の真空紫外域の波長がカットされている殺菌用の紫外線ランプである。試験は,所定の濃度に調製した芽胞液10mlをシャーレ(ø50mm)に入れ,シャッター下方のスターラ上に置き,スターラを回して撹拌しながら設定した所定の時間照射した。
2.3 紫外線照度および紫外線照射量の計測方法
紫外線ランプから照射される紫外線の照度の計測には,可視光域に吸収を持たないヨウ化カリウム法による化学線量計2)を採用した。化学線量計は,吸収された光エネルギーを吸収係数(物質固有の波長ごとの吸収率)と,量子収率(濃度によって反応率が異なる)を基に,算定することによって紫外線照射量を求める方法である3)。市販の紫外線照度計や紫外線モニターを使用する方法に比べ手間がかかるが,紫外線モニターはJIS等の統一規格がないため製造するメーカーの機種間で値が異なり統一表示が難しいため化学線量計を採用した。化学線量計の場合は,同じ方法で実施すれば同じ値が得られ,また,アメリカのNIST(National Institute Standards and Technology)でも正確性が確認されている4)。芽胞液に照射される紫外線照射量:Dose(mJ/cm²)は,化学線量計で求めた液面の紫外線照度I0(mW/cm²),芽胞液の紫外線吸光度:Abs(λ=254nm,10mmセル:cm⁻¹)と深さ:d(cm)から平均紫外線照度Iavg(mW/cm²)を求め,照射時間:Time(s)を掛けて算出される(①②式参照)。
Iavg(mW/cm²)=I0×(1-EXP(-2.3×Abs×d))/(2.3×Abs×d) ・・・①式
Dose(mJ/cm²)=Iavg(mW/cm²)×Time(s) ・・・②式
2.4 芽胞の計測方法と生残曲線の作成方法
所定量の紫外線を照射した芽胞液10mlを,各々スピッツ管に移し,10倍希釈法により数段階の希釈液をつくり,その段階希釈した1mlをSCD寒天培地に複数枚塗抹して培養後芽胞数を求めた。生残曲線は,X軸を化学線量計でもとめた紫外線照射量(mJ/cm²),Y軸を初発芽胞数(Co)から所定の紫外線照射量時の芽胞数(Ct)の対数減少率(-Log(Ct/Co))をプロットして作成した。例えば,Co=10000(cfu/ml),Ct=100(cfu/ml)であれば,Log(Ct/Co)=-2と計算できる。
3.結果と考察
3.1 化学線量の計測結果
線量計溶液の波長352nmにおける吸光度を測定し,得られた照射時間と吸光度(紫外線照射量:UV dose)の関係を図3に示した。図3の傾きから,試料表面における紫外線線量率I0を求めると0.691(mW/cm²)と計算された。このI0は試料水の表面照度であるので,使用した芽胞試験水の平均紫外線照度Iavg(mW/cm²)は,①および②式を用いて,芽胞液の紫外線吸収度(cm⁻¹)と水深(cm)の値を代入して求めた。例えば,紫外線透過率92.5%(吸収光度=0.0339cm⁻¹),水深d=0.5cmとすると,Iavgは0.678(mW/cm²)と計算された。使用した4種の芽胞形成菌の芽胞液の平均紫外線照度Iavgを表2に示す。
学名 | NBRC 番号 |
初発菌数(cfu/ml) 状態 |
紫外線透過率(%) | 平均紫外線照度 Iavg(mW/cm²) |
---|---|---|---|---|
Bacillus subtilis (Ehrenberg 1835) Cohn 1872 spore | 3134 | 1.7×10⁶ 滅菌水中 |
83.2 | 0.660 |
Bacillus atrophaeus Nakamura 1989 spore | 13721 | 2.0×10⁶ 滅菌水中 |
85.5 | 0.665 |
Bacillus pumilus Meyer and Gottheil 1901 spore | 14367 | 2.6×10⁶ 滅菌水中 |
92.5 | 0.678 |
Geobacillus stearothermophilus (Donk 1920) Nazina, et al. 2001 spore | 13737 | 2.1×10⁵ 滅菌水中 |
70.0 | 0.633 |
3.2 芽胞形成菌の生残曲線
各芽胞形成菌の紫外線による生残曲線を図4~7に示す。また,表3にそれぞれの生残曲線から求めたDs値(生残曲線の初期の勾配の緩い誘導期(肩部),すなわちX軸切片の紫外線照射量),D値(decimal reduction value:一般に菌数を1/10(90%不活化)にする時間をいうが1),ここでは紫外線照射量で表示)と芽胞数を-3Log(99.9%不活化)に必要な紫外線照射量を示した。試験芽胞液の初発芽胞数は10⁶cfu/ml程度を目標に実施した。
学名 | NBRC 番号 |
Ds値(mJ/cm²) | D値(mJ/cm²) | -3Logに必要な 紫外線照射量(mJ/cm²) |
---|---|---|---|---|
Bacillus subtilis (Ehrenberg 1835) Cohn 1872 spore | 3134 | 3.2 | 5.7 | 20.3 |
Bacillus atrophaeus Nakamura 1989 spore | 13721 | 9.8 | 8.7 | 35.9 |
Bacillus pumilus Meyer and Gottheil 1901 spore | 14367 | 7.2 | 9.2 | 34.8 |
Geobacillus stearothermophilus (Donk 1920) Nazina, et al. 2001 spore | 13737 | 5.0 | 3.2 | 14.6 |
- ※Ds値:生残曲線の肩部の紫外線照射量,すなわちX軸切片の紫外線照射量を示す。
- ※D値:一般に菌数を1/10に減少する時間をいうが,ここでは1/10にする紫外線照射量として示した。
図4は,Bacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には勾配の緩い誘導期(肩部)が見られるが,その後は直線的な減少が続き,また減少が緩やかになる曲線となった。生残曲線の直線部の勾配からD値を求めると,D値は5.7mJ/cm²,また-3Log(99.9%不活化)に必要な紫外線照射量は,関係式より20.3mJ/cm²となった。
図5は,Bacillus atrophaeus(NBRC13721)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には比較的長い肩部が見られるが,その後は直線的な減少が続く曲線となった。D値は8.7mJ/cm²,-3Log(99.9%不活化)に必要な紫外線照射量は,関係式より35.9mJ/cm²となった。
図6は,Bacillus pumilus(NBRC14367)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には少し肩部が見られ,その後直線的な減少が続く曲線となった。D値は9.2mJ/cm²,-3Log(99.9%不活化)に必要な紫外線照射量は,関係式から34.8mJ/cm²となった。
図7は,Geobacillus stearothermophilus(NBRC13737)芽胞の紫外線による生残曲線である。初期には肩部が見られ,その後直線的な減少が続き,また低下率が下がる,いわゆるテーリング現象の見られる曲線となった。D値は3.2mJ/cm²,-3Log(99.9%不活化)に必要な紫外線照射量は,相関式より14.6mJ/cm²となった。
4.まとめ
表3に示した結果一覧の通り,同じ芽胞形成菌でも紫外線感受性は様々であることが分かった。Bacillus atrophaeus(NBRC13721),Bacillus pumilus(NBRC14367)については,D値が8.7及び9.2mJ/cm²と紫外線耐性が比較的強く,Bacillus subtilis(NBRC3134)とGeobacillus stearothermophilus(NBRC13737)は,D値が3.2及び5.7mJ/cm²と比較的弱いことが分かった。
一般的に枯草菌といわれる芽胞形成菌はBacillus subtilisのことを指し,文献5)6)によれば,枯草菌(芽胞)の-3Log殺菌に要する紫外線照射量は33.3あるいは36.0mJ/cm²としている。今回求めたBacillus subtilisの紫外線照射量20.3mJ/cm²とは値に隔たりが見られた。これらの文献とは,紫外線照度(照射量)の計測方法(求め方)が異なること7),照射したサンプルの状態,菌株が異なるなどの違いがあるため直接の比較はできないが,枯草菌と言われるBacillus subtilisにも様々な紫外線感受性の株が存在するものと考えられる。微生物の不活化試験で性能を評価する際には,文献記載の値をそのまま用いるのではなく,選定した指標菌の紫外線感受性を,実際に使用する方法で確認してから用いることが重要であると認識された。
参考文献
- 佐々木次雄,中村晃忠,三瀬勝利:滅菌法及び微生物殺滅法,財団法人 日本規格協会,pp.63-70(1998).
- R. O. Rahn, et al.:Quantum Yield of the Iodide-Iodate Chemical Actinometer:Dependence on Wavelength and Concentrations, Photochemistry and Photobiology , 78(2), pp.146-152(2003).
- 廣戸裕子,大瀧雅寛:中圧ランプに対応した化学線量,第11回日本水環境シンポジウム講演集,pp.64-65(2008).
- James R. Bolton, et al.:Determination of the Quantum Yield of the Ferrioxalate and KI/KIO3 Actinometers and a Method for the Calibration of Radiometer Ditectors, 5th Ultraviolet World Congress, (2009).
- Water Environment Federation, Wastewater Disinfection. Manual of Practice FD-10(1996).
- 河端俊治,原田常雄:殺菌灯による水の消毒,照明学会誌,36(3),pp.89-96(1952).
- 小暮勝之,石飛裕和,吉野潔,岩崎達行:第35回日本防菌防黴学会年次大会講演要旨集,p.48(2008).
この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第22号掲載記事に基づいて作成しました。
(2010年6月2日入稿)
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