技術資料

光環境評価システム「QUAPIX™」(その1) - 研究開発 -

技術研究所 照明研究室
東京工業大学 大学院総合理工学研究所 人間環境システム専攻 中村 芳樹

キーワード

光環境評価,QUAPIX™,輝度分布,クオリアイメージ,明るさ,目立ち,視認性

1.はじめに

人間の視覚特性に基づく光環境評価は,照明計画において良好な視環境の提供のみならず,照明により消費される電力の削減などの観点からも重要なテーマである。たとえば,省エネルギーの考えに基づき光量を節約した場合に,モノを見るのにどのくらいの支障があるかなどを評価する必要がある1)。とくに近年,地球温暖化対策の下でLED照明器具や調光制御による照明の消費電力削減が加速度的に普及してきており,この点からも光環境評価の必要性が非常に高まってきていると言える。

一方,光環境は,その場所および目的に応じて適切な尺度で評価される必要がある。屋外の階段などでは,明るさだけではなく,階段が見えているかが重要になる(図1(a)参照)。また店舗照明では,商品がどれだけ“目立っているか”が重要になる(図1(b)参照)。

そこで筆者らは,輝度情報を解析し人間の感覚量(=クオリア)を可視化する,全く新しい光環境評価システム「QUAPIX™(クオピクス)」を開発した。

本稿では,はじめにQUAPIX™の基本原理とシステム構成について述べ,さらに,本システムを活用した光環境評価の実例を紹介する。

QUAPIXは、単純な“明るさ”だけではなく、人が見たときにどのように見えているかを評価できる。

図1 光環境評価の例

2.光環境評価システム「QUAPIX™」

2.1 開発背景

(1) 照度測定の問題点

これまでの光環境評価は,床面や作業面上の照度を測定し,定められた基準(JIS照度基準)を満たしているかを確認するという方法が一般に用いられていた。しかしながら照度は,実際に人がその環境を見たときに感じる“明るさ”や“見えやすさ”とは直接関係はしない。これは,照度が物に入射する光の量を表す値であり,人の目に入る光の量を表すものではないためである(図2(a)参照)。したがって,床面や作業面上の照度が全く同じ場合でも,その色(反射率)が違えば,人の目には違う明るさで捉えられてしまう。すなわち,照度測定では,光環境を適切に評価できないといった課題があった。また,照度測定の際に使用される照度計は,点での計測となるため,広範囲の測定には相当な時間と労力を要する。そのため空間全体の照度分布の把握が難しく,照明の照射面のみの測定に限られてしまうといった課題がある(図2(c)参照)。

これらの課題を解決する方法として,写真測光2)3)による輝度分布測定がある。

(2) 写真測光による輝度分布測定の必要性と利点

人間の視覚特性に基づき光環境を適切に評価するには,空間の輝度分布を測定し,その輝度情報を解析する必要がある。これは,輝度が人間の目に入る光の強さを表すためである(図2(b)参照)。空間全体の輝度分布を測定することにより,人が見ている光環境を知ることができる。

また,輝度分布は,デジタルカメラを用いて簡易的に測定が可能であることが知られている。

写真測光といわれる,この方法を用いると,あらかじめ校正したデジタルカメラで撮影した写真から輝度分布を得ることができる。また,露出を変化させて複数枚撮影して,その輝度情報を合成すれば,広ダイナミックレンジの輝度分布を得られ,かつ短時間で輝度画像として可視化できる(図2(d)参照)。

人間の視覚特性に基づき光環境を評価するには輝度分布を測定する必要がある。

図2 照度と輝度

(3) 輝度分布測定の自動化と光環境評価システム

これまで写真測光は撮影方法に制約が多く,また輝度画像を求める際に,煩雑な画像処理を行う必要があるため,撮影現場での評価が困難であるといった実用面での大きな課題があった。

そこで本研究では,これまでの写真測光の作業を自動化するシステムを開発し,撮影現場でリアルタイムに輝度画像を取得することを可能とした。

また,得られた輝度画像を人間の視覚特性に基づき解析することで,見え方を表現する画像(以下,クオリアイメージと呼称)を算出する,光環境評価システムを開発した。

2.2 基本原理

(1) 輝度分布と物の見え方

輝度分布から,人間の視覚特性に基づき,物の見え方を評価しようとした場合,“明るさの同時対比の効果”を考慮しなければならない。

図3は,同一の照明を施した部屋の中に箱を置き,部屋の内装を明るい色にした場合(図3(a))と暗い色にした場合(図3(b))とで,その見え方を比較したものである。このとき,部屋の床面の水平面照度および箱の輝度はほぼ等しくなっている。しかしながら,箱の見え方は,暗い部屋の場合の方が,より明るく感じられ,より目立って見えていることが確認できる。このように,人の感じる“明るさ”や“目立ち度”は,その照度・輝度が同じであった場合でも,周辺の明るさとの同時対比の効果によって変化する。

明るさの同時対比の効果を評価するためには,空間全体の輝度分布を測定し,対象となる物と,それ以外の背景との輝度の対比量を定量的に評価しなければならない。

このことが可能な手法として,コントラスト・プロファイル法4)が提案されている。

箱の明るさは、部屋の背景の明るさが違うと、違って見える。コントラスト・プロファイル法は、このような対比効果を定量化できる。

図3 明るさの同時対比の効果

(2) コントラスト・プロファイル法とクオリアイメージ

コントラスト・プロファイル法とは,多重チャネルモデルに基づいた画像演算手法である。多重チャネルモデルとは,人間の視覚特性を表す有力なモデルのひとつである。

これは,視覚系にはさまざまな空間周波数成分の対比量を読み取るチャネルがあり,その出力が合成されて見え方が決まるという理論である。なお,空間周波数とは,輝度変化の粗さを表すもので,輝度画像を空間周波数成分に分解することで,対比量の強さおよび大きさを定量化できる(図4参照)。

図4 多重チャネルモデルの例

刺激となる輝度画像を空間周波数成分に分解し、それぞれの成分による出力から、“見え方”を判定する。

図5 コントラスト・プロファイル法を用いたクオリアイメージの算出過程

コントラスト・プロファイル法では,輝度画像を空間周波数成分に分解するために,N-フィルタと呼ばれる重み付け関数を,検出周波数を連続的に変化させて輝度画像に畳み込み,空間周波数毎の対比量の状況を表すコントラスト・プロファイル(対比画像)を得る。さらに,これらの出力値に,対比の効果を求めるために,主観評価による被験者実験により求めた評価係数を掛け合わせる。最後にこれらを合成することで,クオリアイメージができる(図5参照)。

なお,コントラスト・プロファイルを算出する計算方法は,直交ウェーブレット変換と呼ばれる,画像処理手法でも算出が可能である。

これまでに中村らは,明るさ5),目立ち度6),視認性7)の同時対比効果とその評価係数を主観評価による被験者実験により求めている。

QUAPIXでは,コントラスト・プロファイル法とこれらの評価係数を用いることで,明るさ,目立ち度,視認性のクオリアイメージの算出を可能としている。

このことにより,図1に示すように,場所や目的に応じた,より適切な尺度で光環境の評価が可能になる。

2.3 システム構成

図6は,QUAPIXのシステム構成および光環境評価の流れを示したものである。ハードウェアとしては,写真測光法により輝度画像を測定するためのUSBカメラと輝度画像を解析処理するためのポータブルPCから構成されている。また,ポータブルPCには,図に示す基本機能を持ったソフトウェアがインストールされており,これらハードウェア,ソフトウェアを総称して「光環境評価システム - QUAPIX -」と呼称する。

図6 QUAPIXのシステム構成および光環境評価の流れ

図7 ソフトウェア起動画面

QUAPIXを用いた光環境評価の流れを説明する。はじめに評価対象となる環境の輝度画像を写真測光により測定する。この際,QUAPIXでは,ソフトウェアからUSBカメラの露出を自動制御し合成することが可能である。次に得られた輝度画像に対してコントラスト・プロファイリングを行うことで,各種,クオリアイメージを求めることができる。

図7は,ソフトウェアの起動画面を示したものである。輝度画像およびクオリアイメージは,ボタン操作で算出が可能であるため,誰でも簡易に光環境評価を実施することが可能である。

参考文献

  1. 河合 悟:「視覚心理量の計測」特集 ―総論―,照明学会誌,Vol.56,No.12,p.6(1981).
  2. 中村 洋:正射影カメラによる輝度および輝度分布の測定(その2 写真濃度の測定・較正・測定手順など),日本建築学会論文報告集,第243号,昭和51年5月,pp.73-79(1976).
  3. 鎌田慎也:デジタルデータの分布分析―デジタル画像からの輝度分布解析―,UNISYS TECHNOLOGY REVIEW,Vol.87,Nov. 2005,pp.78-87(2005).
  4. 中村芳樹,江川光徳:コントラスト・プロファイルを用いた明るさ知覚の予測―輝度の対比を考慮した明るさ知覚に関する研究(その2)―,照明学会誌,Vol.89,No.5,pp.230-235(2005).
  5. 中村芳樹:ウェーブレットを用いた輝度画像と明るさ画像の双方向変換―輝度対比を考慮した明るさ知覚に関する研究(その3),照明学会誌,Vol.90,No.2,pp.97-101(2006).
  6. 森下大輔,中村芳樹:ウェーブレット解析を用いた目立ち画像生成システム,IWASAKI技報,No.19,pp.27-32(2008).
  7. 島崎 航,土屋麻衣,岩本朋子,中村芳樹:コントラスト感度に基づく視認性評価法―その1 広範囲な輝度値の分布をもつ空間への適用方法―,平成20年度(第41回)照明学会全国大会講演論文集,pp.137-138(2008).

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