技術資料

歩行者の視認に与える光幕の影響

研究開発本部 技術研究所 照明研究室
研究開発本部 新事業開発部
国立大学法人東京工業大学大学院 中村 芳樹

キーワード

歩行者照明,グレア,等価光幕輝度,視認性,省エネ

1.はじめに

本研究は,グレアおよび障害光を抑えた良好な屋外の照明環境を,より少ないエネルギーで実現することを目的としている。

街路や広場には,夜間の安全を確保するために照明機器が設備されている。重要な照明要件としては,接近してくる人を識別できることや,必要に応じて防御行動を取れることなどがある。

E.T.Hall1) は,接近してくる人を不審者と判断し,防御行動がとれる最低距離を4mとしている。CaminadaとVan Bommel2)は,この考えを基に,4m前方の人を識別するための照度を,実際の街路を用いて導いた。この研究では,Threshold Increment(TI)の値が8~15の場合には,0.8ℓxの半円筒面照度が必要であるとしている。TIの値が2よりも小さい場合には,彼らが提示した図から,約0.6ℓxが読み取れる。このことは,グレアによって顔の視認性が損なわれ,グレアの無い場合より約0.2ℓx半円筒面照度を高める必要性があることを示唆している。しかし,彼らは,グレアが顔の識別に及ぼす影響について詳しく論じてはいない。

一方,川上3)は,グレアの無い実験室環境で,顔の識別に要する輝度(および半円筒面照度)と背景輝度との関係を明らかにしている。その一例は,観測距離5mのとき“表情がやっと識別できる”ためには,背景輝度0.1cd/m²以下において約0.23cd/m²(2.4ℓx)を要するというものである。同様に,宮前ら4)は,画像を用いて顔の視認性に関する実験を行ない,5m前方の人が“誰であるか(知人かどうか)が確認できる”ためには,約2ℓx以上の鉛直面照度が必要であるとしている。しかし,これらは,いずれもグレアが顔の視認性に及ぼす影響を考慮していない。

そこで,筆者らは,グレアを等価光幕輝度として計量し,グレアによって顔の識別に要する輝度が,どの程度損なわれるかを定量的に把握するために,室内での顔の視認実験を行なった。以下に,その概要を報告する。

2.実験方法

実験は,背景輝度と等価光幕輝度とをパラメータに,被験者が評価刺激である顔面の照度を可変し,識別できるレベルに調節する方法とした。

2.1 実験環境

筆者らは,相互反射が無視できる暗室内に図1および図2に示す位置関係を作り実験した。被験者から見た評価刺激の背景は,暗幕またはN4.5相当のロール紙で構成し,40Wの蛍光灯(5000K)2台を用いて,できるだけ一様な輝度分布が得られるよう照明した。その上,光源の調光と背景面の切り替えによって輝度値を制御した。床面は,光沢のない灰色の布(N3相当)を敷いた。グレア(等価光幕輝度)を与える光源および顔を照明する光源には反射型電球(5900K)を用いた。これらは,高さ4.5m,前方約20mに照明器具が設置されているものと仮定し,被験者の仰角8.5°方向に設置した。

図1 実験環境(1)

図2 実験環境(2)

2.2 評価刺激と提示条件

背景輝度と等価光幕輝度(グレア)とをパラメータに,表1に示す14種類の条件下で評価刺激(実物大のマネキン人形)を提示した。評価刺激の頬の反射率は,約30%であった。

表1 評価刺激
No. 背景輝度 等価光幕輝度
1 0.3 0.01
2 0.3 0.03
3 0.3 0.1
4 0.3 0.3
5 0.3 1.0
6 1.0 0.075
7 1.0 0.1
8 1.0 0.3
9 1.0 1.0
10 1.0 3.0
11 3.0 0.1
12 3.0 0.3
13 3.0 1.0
14 3.0 3.0

(輝度の単位:cd/m²)

2.3 評価方法

筆者らは,夜間の安全を確保するために要求される顔の見え方に関する評価項目の序列を,目・鼻・口の位置が分かることと考えた。これは,奥田ら5)の研究に基づくものであり,彼らは顔の見え方に関し,表2のように説明できるとしている。

評価実験では,まず,被験者に見え方の評価項目の序列が表2に従うことを教示し,次のインストラクションを与えた。

インストラクション

あなたが見知らぬ街路を歩いていると想像してください。そして,前方に人(マネキン人形)がいます。目・鼻・口の位置が分かる程度の明るさに,照明を調光してください。なお,調光操作は,消灯から明るさを増していく場合と十分明るい状態から明るさを減じていく場合の2通りを,指示に従い行なってください。

表2 顔の見え方に関する評価項目の序列
条件範囲 顔全体に関する評価項目 顔面構成要素に関する評価項目


  目の向き(目線)
表情の判別 眉毛の形,目の形,目の開閉,口の形,口の開閉
固体識別 眉毛の位置,目の位置,口の位置,鼻の位置,耳の位置
男女の区別 髪形,髪の長さ
個人差が大きいもの:眼鏡の有無,髪の有無

次に,被験者を背景輝度に10分間順応させ,3回の練習を行なった後に,実験を開始した。実験では,各提示条件において,被験者が「目・鼻・口の位置が分かるとした」時の,評価刺激の顔の輝度(視野角1度)と等価光幕輝度とを被験者の位置から測定した。なお,等価光幕輝度は,グレアレンズを装着した輝度計(等価光幕輝度計)を用いて測定した。観察距離は4mとし,被験者ごとにランダムに14種類の評価刺激(表1)を提示した。

2.4 評価方法

被験者は,表3に示す16名とした。

表3 被験者構成

20才代 30才代 40才代 50才代 合計
男性 7 1 2 0 10
女性 4 2 0 0 6
合計 11 3 2 0 16

参考文献

  1. Hall,E.T. : The hidden dimmension, Anchor Books, New York (1966).
  2. J. F. Caminada, W. F. M. Van Vommel : New lighting considerations for residential area, Internet Lighting Rev., 3 (1980).
  3. 川上:表情の識別と半円筒面照度の関係,照学誌Vol.70, pp.282-287(1986).
  4. 宮前ら:街路・防犯灯における顔の見え方と照明レベル,照学誌Vol.73, pp.303-306(1988).
  5. 奥田ら:人の顔の見え方に対する評価方法の構築に関する基礎検討,照学誌,Vol.84, pp.809-814(2000).

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