技術資料
紫外線を利用した水環境中に含まれる医薬品の除去効果について(その2)
光応用事業部 光応用開発部 ソフトエンジニアリング課
京都大学大学院 工学研究科 金 一昊
キーワード
PPCP(=Pharmaceuticals and Personal Care Product:日常で使用している医薬品や化粧品),物理化学的処理,促進酸化処理,下水二次処理水,紫外線,酸化剤,pH,水温,過酸化水素(H₂O₂)
1.研究背景
我々が日常的に使っている抗生物質や解熱鎮痛剤などの医薬品は下水処理水や河川水中に数ng/Lから数10μg/Lという濃度で存在しており1),Clarithromycin(クラリスロマイシン)など一部の抗生物質は水中の細菌や藻類などに生態毒性を及ぼす(=発育や成長を阻害する)恐れがあると報告されている2)。
医薬品の除去のため,水処理工程において,生物処理,膜処理,活性炭吸着,塩素処理,などの手法が試みられているが,このうち,下水処理水の消毒のため下水処理施設で最近導入が進められている紫外線処理によって,医薬品がどの程度まで除去されるのかに興味が持たれている。
そこで,我々は前回3),水環境中にその存在が報告されている医薬品のうち30種を対象に,紫外線による対象医薬品の除去特性を把握するため,紫外線単独処理による純水や下水二次処理水中の医薬品分解の際の波長特性について検討し,医薬品の分解に185nmの波長の紫外線照射が有効であるとの結果を得たことを報告した。
今回は,各医薬品物質の除去特性の傾向や促進酸化の効果,紫外線処理効果における水質の影響について検討を行なった。
2.実験方法
2.1 実験装置
UV処理は,内径30cm,高さ1087cmで,有効容積25ℓのステンレス製の円筒の反応槽(図1)を用いて回分式の処理実験を行なった。試験水の攪拌は反応槽の上部に攪拌装置(トルネードスタンダード(SM-103))を付け,300rpmで試験水を攪拌させた。
2.2 紫外線ランプ(UVランプ)
今回の実験で用いた紫外線ランプの種類とUV出力及び波長特性を表1に示す。
ランプ | UV出力 (UV強度)※1 |
特徴 |
---|---|---|
ランプ1 | 10.0W (0.388mW/cm²) |
254nm波長の輝線中心にUVを出力し,185nm波長付近のUVも出力する低圧水銀ランプ |
ランプ2 | 8.0W (0.384mW/cm²) |
254nm波長の輝線中心にUVを出力する低圧水銀ランプ |
※1 生物線量:大腸菌ファージQβにて値付けした数値
2.3 試験水
pH調整は,K₂HPO₄溶液とNaH₂PO₄溶液を混合して調製した1Mのリン酸緩衝液数mℓ~数10mℓを添加して行なった。pH変化の影響確認試験の場合,リン酸緩衝溶液の調製割合や添加量を変えてpH4~9に変化させた。
水温は水温恒温装置で設定を行ない,試験水温度を10~30℃に調整した。
また,試験水には純水(超純水)と下水二次処理水を用いて,それぞれに対象医薬品を混合した。
(a)純水を用いた時の試験水調整
試験水は各医薬品をメタノールやアセトンなどに溶かして1,000mg/ℓの濃度に調整した溶液(=ストックソリューション)を用いて調整した1ℓの対象医薬品の原液と21ℓの純水とを混合する方法で,最終濃度が約10-100μg/ℓになるように調整した。
(b)下水二次処理水を用いた時の試験水調整
試験水は下水二次処理水をガラスフィルターでろ過したろ過水21ℓとストックソリューション1ℓを混合させて,最終濃度が約10-100μg/ℓになるように調整した。
2.4 医薬品
今回実験に用いた対象医薬品としては,前回3)同様,日本,アメリカおよびヨーロッパで検出されている物質を中心に,分析可能な30物質を選定した。その対象医薬品とその用途を表2に示す。
No. | 物質名 | 用途 |
---|---|---|
1 | Acetaminophen | 解熱鎮痛剤 |
2 | Antipyrine | 解熱鎮痛剤 |
3 | Carbamazepine | 抗てんかん剤 |
4 | Clarithromycin | 抗生物質 |
5 | Clenbuterol | 気管支拡張剤 |
6 | Crotamiton | 鎮痛,消炎剤 |
7 | Cyclophosphamide | アルキル化剤 |
8 | Diclofenac | 解熱鎮痛剤 |
9 | N,N-diethyl-m-toluamide | 防虫剤 |
10 | Disopyramide | 不整脈用剤 |
11 | Ethenzamide | 解熱鎮痛剤 |
12 | Fenoprofen | 解熱鎮痛消炎剤 |
13 | Ifenprodil | 鎮暈剤 |
14 | Indomethacin | 解熱鎮痛剤 |
15 | Mefenamic acid | 解熱鎮痛剤 |
16 | Metoprolol | 不整脈用剤 |
17 | Naproxen | 解熱鎮痛剤 |
18 | Theophylline | 気管支拡張剤 |
19 | Propranolol | 不整脈用剤 |
20 | Ceftiofur | 抗生物質 |
21 | Chlorotetracycline | 抗生物質 |
22 | Oxytetracycline | 抗生物質 |
23 | 2-Quinoxaline carboxylic acid | カルバドックスの代謝物 |
24 | Sulfadimidine | 合成抗菌剤 |
25 | Sulfadimethoxine | 合成抗菌剤 |
26 | Sulfamethoxazole | 合成抗菌剤 |
27 | Sulfamonomethoxine | 合成抗菌剤 |
28 | Tetracycline | 抗生物質 |
29 | Isopropylantipyrine | 解熱鎮痛消炎剤 |
30 | Ketoprofen | 鎮痛,消炎剤 |
2.5 酸化剤
促進酸化処理実験において酸化剤を添加する時に,35%過酸化水素水(H₂O₂)を用いてH₂O₂濃度が約5ppmになるように調整した。
2.6 分析方法
対象医薬品の濃度は反応槽の下部にあるサンプリング口から採水し,その後直ちに固相抽出した後,LC/MS/MS(Waters)で30種の対象物質を一斉に分析した4)。
ここでLCとは高速液体クロマトグラフのことで,試験水中の医薬品を分離する。MSとは質量分析計のことで,試験水中の医薬品を同定,定量する。今回用いた計測器はMSが2つ存在することでより精密な測定が可能となる。
溶存有機炭素(DOC)濃度の分析は,医薬品などの有機物を燃焼触媒により二酸化炭素(CO₂)まで完全酸化し,その発生した二酸化炭素を赤外線で分析する「燃焼-赤外線吸収分析法」で行なった。装置はTOC分析装置:TOC-5000A(島津製作所)を用いた。
残留H₂O₂濃度の分析はDMP法※2にて測定した。
- ※2DMP法・・・MeOH,K₂HPO₄,試料を10mℓにメスアップし,0.01MのCuSO₄を1mℓ入れ発色させたものを454nmの吸光度を測定して検出する方法。
参考文献
- 清野敦子・古荘早苗・益永茂樹:わが国の水環境中における人用・動物用医薬品の存在,Journal of Japan Society on Water Environment, Vol.27, pp.685-691(2004).
- 八十島誠,山下尚之,中田典秀,小森行也,鈴木穣,田中宏明:下水処理水中に含まれるレボフロキサシン,クラリスロマイシンの分析と藻類生長への影響,水環境学会誌,Vol.27, No.11, pp.707-714(2004).
- 田久保剛,吉野 潔,岩崎達行,金 一昊,小林義和,奥田 隆,山下尚之,田中宏明:紫外線を利用した水環境中に含まれる医薬品の除去効果について(1),IWASAKI技報,No.15,pp.15-18(2006).
- 金 一昊,小林義和,奥田 隆,田久保剛,吉野 潔,岩崎達行,山下尚之,田中宏明:紫外線処理による30種類医薬品の除去特性に関する回分実験,第43回環境工学研究論文集,pp.47-56(2006).
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