技術資料
光に飛来する昆虫の年間個体数推移とその予側 - 埼玉県行田市における事例 -
Transition of the annual population of insects flying to the light and its prediction
- A case in Gyoda of Saitama Prefecture -
田澤 信二*, #1,岡安 賢司*, #1(岩崎電気(株)),江村 薫**
Shinji Tazawa, Kenji Okayasu (IWASAKI ELECTRIC CO.,LTD.) and Kaoru Emura
*Ichiriyamacho1-1, Gyoda-shi, Saitama, 361-8505, Japan
**Kukihigashi3-32-14, Kuki-shi, Saitama, 346-0016, Japan
キーワード
昆虫捕獲,日最高気温,ライトトラップ,不快性害虫
Key words
Capture of insects, Daily maximum temperature, Light trap, Unpleasant pest
Abstract
Recently, from the point of view of conservation of ecosystem, development of the light source that has low attractiveness for various insects is highly required. In addition, as discomfort redaction, contamination of insects in commercial facilities has been attracting more attention. In this study, we carried out a field test in Gyoda city, Saitama Prefecture to obtain fundamental data on insect behavior with using a 100W-phosphor coated high pressure mercury lamp. We confirmed that insects, especially midges of Diptera, were captured by the light trap everyday even in midwinter. Moreover, a significant positive correlation between the daily maximum temperature and the attraction number of insects was also clarified. We believe that these data are applicable for prediction of insect behavior in various weather conditions.
本研究報告は,平成26年6月28日に生態工学会全国大会で発表予定の報告に一部追記修正したものである。
1.はじめに
生態系保全の視点から,昆虫などの誘引の少ない光源開発が求められている1)。一方,工場への小型昆虫の侵入による異物混入の問題2)や不快性害虫の対象生物として,微小昆虫であるユスリカ類の生態研究が注目され,その幼虫の年間発生経過が報告されている3)。成虫に関しては,春から秋に実施したトラップ捕獲データの研究報告4)5)などがあるが,冬季の調査事例が無い。さらに,年間を通した毎日の誘引数の具体的調査事例が無い。
そこで,生態系保全に関わる基本的データの蓄積を目的として,ライトトラップに誘引される昆虫類を1年間,1日単位で回収し,年間誘引数の推移および毎日の誘引数と気象要素の関係を調べた。
2.材料および方法
2.1 調査場所と期間
埼玉県行田市富士見町1-20,岩崎電気(株)・旧開発センター内で行った。当地域は,荒川放水路が近いため水圏昆虫の比較的多い場所である。実施期間は,2012年10月17日~2013年10月16日までの1年間である。
2.2 調査手法
図1に示す蛍光水銀ランプ100Wを使用した水盤式ライトトラップを用いた。蛍光水銀ランプの分光分布とbicfordの視感度曲線を図2に示す。蛍光水銀ランプは,タイマーを設置し,夏季は18:00から翌朝の6:00まで,冬季は17:00から翌朝の5:00まで点灯した。水盤内にはフェノールフタレンを添加した界面活性剤水溶液を満たし,水盤内に捕獲された昆虫を毎日,回収した。回収個体は1.5mmメッシュ網でろ過し,80℃24hr乾燥した。計数は,1000個体までは目視で計数し,それ以上は縮分器(Retsch社RT型)を使用した。
3.結果および考察
図3に毎日の誘引個体数の推移を示し,図4に1ヶ月単位で合計した誘引個体数の推移と月平均気温を示し,図5に分類群(目)別に1ヶ月単位で合計した誘引個体数の合計推移を示した。誘引個体数は,8月が最も多く33068個体,12月が最も少なく128個体であり,図6に示すように,気温が高くなるに従い,誘引個体数は累乗で増加する傾向を示した。年間を通した目別誘引数の1位はハエ目であり全体の66%,次いでトビケラ目13%,鱗翅目7%,同翅目と甲虫目は5%であった。1位のハエ目の大多数は2mm前後以下のユスリカ類であり,2位のトビケラ目と合わせて幼虫期が水生昆虫であることは,近くに水路があるなど,調査地域の特性に基づくと考えられた。また,ハエ目は7月をピークとする一山分布を示して年間を通して誘引されるのに対し,トビケラ目は7月と9月をピークとする双峰分布を示して4~12月に誘引された(4月は8個体,12月は1個体)。一方,植物に依存することの多い3~5位の鱗翅目,同翅目,甲虫目は8月がピークであった。最も個体数の多いハエ目は5~8月に多いが,月単位の比率に着目すると,12~4月は90%以上を示し,特に2月と3月は99%,4月は98%でハエ目の比率が顕著に多かった。以後,5月は80%,6~7月は70%前後,8~10月は55%前後,11月は24%であり,秋に移行するにしたがって低下した。早春から初夏,風の無い暖かい日の午後にユスリカ類による蚊柱がしばしば目撃されることがあるが,この3月~5月のハエ目の比率や個体数の数値は,そのような光景を反映しているものと考えられた。家屋侵入や異物混入の警戒は年間を通して必要であるが,小型のユスリカ類に関しては,特に早春~初夏の注意が必要と考えられた。
図7に1ヶ月単位で集計した日別の捕獲数の実数と当日の日最高気温の関係,捕獲された昆虫の一例を示す。すべての月において,有意に正の相関が認められた。トラップなどでの捕獲数の計算で一般に用いられる対数変換した数値では,相関係数はさらに高いものとなった。年間を通した最多捕獲日は7月10日の2697個体であり(図8),各月の多数捕獲日は,高温で風の少ない条件と一致した。一方,最少捕獲日は1月17日の0個体であった。それ以外のすべての日において昆虫が捕獲されており,冬季であってもほぼ毎日,昆虫が光に飛来していることが示された。しかし,低温強風条件では顕著に捕獲数が少なく,このことは,年間を通して同様であった。
また,図9に示すように,ライトトラップには,昼光性昆虫であるトンボやセミも捕獲された。このことより,夜間であっても,光があることで,昼光性昆虫が飛来することが示唆された。
4.まとめ
今回の毎日のデータの積み重ねによって,昆虫の年間誘引個体数(総数139,990個体)の経過が把握でき,昆虫誘引とその気象条件との関係の一端が把握できた。また,冬季の毎日の誘引個体数を回帰式から計算すると,日最高気温が15℃の場合,おおよそ11月は50,12月は6,1月は10,2月は50,3月は150の個体が誘引される結果となり,別の言い方をすると,この程度の昆虫,特にハエ目のユスリカ類が冬季でも飛翔していると考える根拠が得られた。但し,強風条件などにおいては,昆虫の誘引個体数が少なくなる傾向を示している。この結果は,一地点の1年の結果であるが,具体的データとして重要と考える。
近年では,屋外照明は,蛍光水銀ランプからLED照明に変わりつつある。LED照明では,本研究より誘引個体数が減少することが予測され,省エネのほかに生態系保全の観点からもLED照明での誘引調査が必要になると考えられる。現在,図10に示す分光分布を有する電球色LEDでの誘引調査を実施している。
本研究の成果が,生態系保全の照明関連の参考となれば幸甚である。
参考文献
- 江村薫:光による昆虫管理-誘引と行動制御-,話題の新技術・黄色灯による農業害虫防除,農業電化協会(東京),pp.1-11(2006).
- 木村悟朗,小西正彦:製紙工場で問題となるユスリカ類の生態と防除,紙パルプ技術協会誌,68(4),pp.38-39(2014).
- 大野正彦:東京都内におけるユスリカの生態 1.善福寺川に生息するセスジユスリカの年間世代数の算定,日本生態学会誌,31,pp.155-159(1981).
- 三原実,井上義郷:我が国における不快害虫としてのユスリカに関する研究 2.東京神田川におけるセスジユスリカ成虫の発生消長,衛生動物,28(4),pp.431-437(1977).
- 橋本知幸,廿日出正美,高橋朋也:養鰻池から発生するユスリカ類を中心とした昆虫類の発生消長,日本環境衛生センター所報,16,pp.79-84(1989).
この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第30号掲載記事に基づいて作成しました。
(2014年6月4日入稿)
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