技術資料
UV光化学反応下における活性酸素種のシミュレーション
- 活性酸素種の滅菌器への応用 -
技術本部 研究開発部 光応用研究課
キーワード
紫外線(UV),光化学反応,活性酸素種,滅菌器
1.はじめに
活性酸素とは,文字通り高活性で高酸化力を有する酸素種の総称と定義され,工業的には,例えばオゾン(O₃)が脱臭,漂白,殺菌,表面酸化などに応用されている。当社製品では,低圧水銀ランプから放射される紫外放射(UV)と酸素ガス(O₂)との光化学反応によってオゾン,原子状酸素(O)などの活性酸素種を生成させることができ,液晶ガラス基板の洗浄,プラスチック製品の表面改質(濡れ性の改善)などに利用されている。
活性酸素はガス体であるため,UV光が届かない陰となる部分にも作用させることができる。この特長に着目し,現在,研究開発部にて,活性酸素を対象物に作用させて滅菌を行う「活性酸素滅菌器」の研究開発を進めている。1)-3)
活性酸素の生成には,ランプから放射されるUV光の放射照度,反応空間の体積,原料ガスである酸素ガス濃度だけでなく,プロセス雰囲気の温度,湿度等のパラメータが複雑に関係する。
本稿では,活性酸素滅菌器の装置設計,開発の指針を得ることを目的に,各種パラメータを考慮したUVランプ下における活性酸素生成シミュレーションを実施したので,その具体的な方法,現段階まで得られている結果について概説する。
2.活性酸素種シミュレーションの概要
2.1 光化学反応の原理
活性酸素種はUVランプから放射されるUV光とO₂との反応によって生成される。UVランプから放射される波長185nmの真空紫外光がO₂に吸収されて,2個の基底状態の原子状酸素(O(³P))が生成される。
これらの原子状酸素(O(³P))はただちに周囲のO₂と反応し,オゾン(O₃)を生成する,
ここで,反応式(R2)のMは,Third body(第三体)を意味する,すなわちオゾン(O₃)生成は単純に原子状酸素と酸素分子が反応するわけではなく,三体衝突反応であることを意味している。
さらにオゾン(O₃)がランプからの波長254nmの紫外光を吸収し,原子状酸素および分子状の酸素を生成する,
反応式(R3a)のO(¹D)は励起状態(基底状態よりもエネルギーが高い状態)の一重項酸素原子を,O₂(a¹⊿g)は励起一重項酸素分子をそれぞれ意味しており,非常に高活性な状態,すなわち活性酸素であり,反応(R3a)の収率φ=0.9である。ここで,反応式(R3b)のO₂(X³Σg, v)は,三重項状態の酸素分子である。
さらに水分(H₂O)が存在すると,次式の反応により,水素原子(H)とヒドロキシラジカル(OH)が生成する,
紙面の都合,詳細は割愛するが,これらの光化学反応に加え,生成した活性種(原子,分子)同士の化学反応があるため,それらを考慮する必要がある。
2.2 シミュレーション方法
上記の光化学反応ならびに化学反応について,文献等から既知の光吸収断面積,反応速度定数を用いることで生成粒子種の密度(濃度)を算出し,各反応の連立微分方程式を解くことによって,活性酸素種(O₃:オゾン,H₂O₂:過酸化水素,原子状酸素:O,励起一重項原子状酸素:O(¹D),励起一重項酸素分子:¹O₂(a),HO₂:ペルオキシドラジカル,OH:ヒドロキシラジカル)の生成密度を導出する。
シミュレーションでは,表1に示すような条件表に諸パラメータを設定する。順に説明すると,
①温度[℃]:反応空間の温度(空間全域でガス温度が一定と仮定)
②相対湿度[%]:反応空間の相対湿度(空間全域で水分が均一に存在すると仮定)
③圧力[atm]:反応容器内の圧力
④酸素濃度:反応容器の酸素濃度
⑤ランプの外半径[cm]:UVランプの半径
⑥ランプの長さ=外側円筒の長さ[cm]:円筒容器およびランプの全長
⑦流量[ℓ/min]:反応容器へのガスの供給流量
⑧254nm照度/185nm照度[W/cm]:254nmおよび185nmの放射照度
(照度は[W/cm²]ではなく[W/cm],ランプ単位長さあたりからのUV放射で定義)
⑨ループ繰り返し回数の最大値:計算ループの繰り返し回数
⑩ループ収束条件用のエラー許容値:計算ループ収束の判定条件
である。
25 | /* 温度 [℃] */ |
10 | /* 相対湿度 [%] */ |
1 | /* 圧力 [atm] */ |
0.21 | /* 酸素濃度 */ |
0.9 | /* ランプの外半径 [cm] */ |
8 | /* 外側円筒の内半径 [cm] */ |
30 | /* ランプの長さ = 外側円筒の長さ [cm] */ |
1.5 | /* 流量 [ℓ/min] */ |
0.34 | /* 254nm照度 [W/cm] */ |
0.052 | /* 185nm照度 [W/cm] */ |
500 | /* ループ繰り返し回数の最大値 */ |
1.00E-04 | /* ループ収束条件用のエラー許容値 */ |
(左側の数値は一例であり,任意に設定が可能)
なお,⑧254nm照度/185nm照度については,出力20Wの低圧水銀ランプ(QOL25SY)にて,各位置でUV照度計ならびにカロリーメータで照度を実測し,積分計算により求めた値(254nm:0.34W/cm,185nm:0.052W/cm)をそれぞれ基本条件として用いている。また,このランプを内径4cmおよび8cm,全長30cmの円筒容器にセットし,所定流量で酸素ガスをフローした状態で点灯した際の生成オゾン濃度が,概ね本シミュレーションで算出したオゾン濃度と一致していることを事前に確認し,シミュレーションから得られる結果の妥当性を検証している。4)
2.3 反応モデル(幾何形状)
本シミュレーションでは,図1に示すような円筒型のモデルを用いている。半径r1[cm],全長Lの円筒容器の中心軸上に,半径r2[cm],全長z[cm]のUVランプが配置されており,ランプから波長185nm,254nmのUV光が所定の出力で均一に径方向へ放射されていると仮定している。この際,円筒内部の空間は任意の流量の酸素(O₂)ガスが,左(上流)から右(下流)方向へフローされており,上述の反応式から算出される各活性酸素の密度が一定以内の誤差範囲内に収束するまで計算を行う。
円筒内部は300×300メッシュ分割されており,O₃およびH₂O₂以外の活性酸素種の生成密度は,二次元分布として結果が出力される。
2.4 シミュレーションの制約条件
本シミュレーションではランプ本数は円筒容器中心軸上の1灯のみに制約されるため,例えば複数本のランプを容器内にセットしているようなモデルは計算できない。
また,対流などの熱流体効果は考慮していないため,設定している温度等パラメータは,反応空間で一定で変化しないと仮定している。
2.5 シミュレーション条件
現在,試作検討中の実処理容量16L(チャンバー容量は41L,半径約21cm,全長30cmと想定)の滅菌器をモデルとして,ランプ出力を8,25,180,360Wとし,表1記載の各パラメータを変化させて計算を行った。なお,便宜上,254nm照度/185nm照度はランプ出力に正比例すると仮定して,それぞれパラメータを設定した。
3.結果および考察
3.1 ランプ出力および温度によるオゾン濃度の変化
図2にランプ出力および温度を変化させたときのオゾン濃度のシミュレーション結果を示す。O₂圧力は1atm,流量は0.01ℓ/min(ほぼ流れのない状態)と仮定し,相対湿度は0.1%(乾燥状態)としてシミュレーションを行った。
ランプ出力の増加に伴い,オゾン濃度が6~25g/m³(1g/m³≒500ppm @25℃)まで増加する傾向が得られた。しかしながら,出力が180Wから360Wと2倍になっても,O₃濃度は2倍にまで増加していない。すなわち,本結果は,滅菌器へのUVランプの選定にあたり,単純に出力を倍々に増加していっても活性酸素生成量を倍々に増加させることができず,原料となるO2ガスの容量,UV照度との兼合いや,費用対効果を考慮する必要があることを示唆している。
また,各ランプ出力において,温度の上昇に伴いオゾン濃度が減少している傾向が合わせて得られている。これは温度によってO₃の自己分解反応が促進されるためと考えられる。
なお,温度上昇に伴いO₃濃度が低下するからといって,活性酸素量が低く,十分な滅菌効果(酸化力)が得られないという訳ではない点に注意を要する。温度上昇に伴い,生成した活性酸素種と滅菌対象の微生物との反応促進効果が期待できる。
3.2 活性酸素種の二次元密度分布
一例として,励起一重項酸素分子¹O₂(a)の二次元密度分布のシミュレーション結果を図3に示した。条件は温度25℃,O₂ 0.21atm(空気の酸素比率),流量1.5ℓ/min,相対湿度10%,UVランプ出力は180Wとした。図左側(水色部)がUVランプであり,その右側が反応空間(¹O₂(a)密度分布)を示している。シミュレーションの結果,ランプ管壁近傍では,¹O₂(a)密度は3.1×10¹⁴/cm³(約11ppm)だが,UVランプから距離が離れるにつれて,4.8×10¹²/cm³(約0.2ppm)と二桁以上も密度が減少することが分かる。これは,距離によって活性酸素生成に寄与するUV光の照度が減少するためと解釈される。
本シミュレーションでは対流等の流れを考慮していないため,得られた計算結果がそのまま実際の滅菌器に適用される訳ではないが,滅菌対象物を配置する位置によっては,活性酸素の作用が十分に得られない可能性を示唆する結果となっている。
3.3 相対湿度による活性酸素種生成密度の変化
温度25℃,O₂ 1atm(空気の酸素比率),流量0.01ℓ/min,UVランプ180Wの条件で,ランプからの距離0,4,8cm位置における各活性酸素種の生成密度のシミュレーション結果を図4に示した。図4(a)に示すように,ランプからの距離0cm(管壁近傍)の時は¹O₂(a)が10ppm前後生成しており,次いでHO₂ペルオキシドラジカルが0.4ppm程度生成し,OHラジカルが相対湿度の増加に伴い0.001~0.1ppmまで増加する傾向が得られた。
一方,図4(b),(c)に示したように,ランプからの距離を4cm,8cmに増加していくと,それぞれの生成密度は減少しているが,相対湿度の増加に伴い,各活性酸素種は顕著に増加していく傾向が得られている。
今後,これらデータの精査が必要であるが,O₃よりも桁違いに高い酸化力(反応速度定数)を持つ¹O₂(a),HO₂,OHラジカル種を増加させることができれば,より短時間での滅菌効果を得られる可能性がある。
4.おわりに
本稿では活性酸素を利用した滅菌器の開発,実用化に向けた,UV光化学反応下で生成する活性酸素種シミュレーションの方法,その結果概要について述べた。
まとめとして,
- 温度上昇によってオゾンO₃は顕著に熱分解し,濃度が減少する
- 活性酸素種の生成密度はランプ近傍が一番高く,ランプからの距離が離れるにつれて減衰する(処理空間中で顕著な密度分布がある)
- 相対湿度(水分の存在)によって,OHラジカルなどの高活性な活性酸素種は顕著に増加する傾向にあることがわかった。
今後,本ツールを活用し,活性酸素滅菌器の研究開発,実用化を加速させていく。
謝辞
本研究は,科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業,研究成果最適展開支援プログラム(A-STEPハイリスクタイプ)の委託下で実施した。
また,シミュレーションの理論計算コード(プログラミング)は,東京大学大学院,新領域創成科学研究科,小野亮准教授に作成,提供頂いたものである。この場を借りて謝意を表する。
参考文献
- 吉野 潔,松本裕之,岩崎達行,木下 忍,野田和俊,岩森 暁:“活性酸素種による滅菌システムの研究”,真空,Vol.54,No.9,pp.467-473 (2011).
- 松本裕之,岩森 暁:“活性酸素計測モニター開発と表面処理プロセスへの応用”,真空,Vol.55,No.8,pp.371-376 (2012).
- H. Matsumoto, K. Yoshino, T. Iwasaki, S. Kinoshita, K. Noda, K. Oya, S. Fujimoto and S. Iwamori : A New Sterilization System Using Active Oxygen Generated Under Ultraviolet Lamps, Proceedings of the 6th Lighting Conference of China, Japan and Korea, pp.361-364 (2013).
- R. Ono, Y. Nakagawa, Y. Tokumitsu, H. Matsumoto and T. Oda : Effect of humidity on the production of ozone and other radicals by low-pressure mercury lamps, Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry, Vol.274, pp.13-19 (2014)(to be published.).
この記事は弊社発行「IWASAKI技報」第29号掲載記事に基づいて作成しました。
(2013年12月3日入稿)
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