技術資料
レーザー誘起蛍光法によるOHラジカル密度計測
技術本部 研究開発部 光応用研究課
東京大学 新領域創成科学研究科 先端エネルギー工学専攻 小野 亮
キーワード
レーザー誘起蛍光(Laser Induced Fluorescence),活性酸素,ヒドロキシラジカル(OHラジカル)
1.はじめに
活性酸素とは文字通り,反応性が高く,高酸化力を有する酸素種の総称であり,UVオゾンランプやプラズマプロセスで生成され,各種の表面処理用途(例えば,表面洗浄,改質,殺菌滅菌,酸化処理)で幅広く利用されている。
表1に各種活性酸素種の有機物に対する反応速度定数をまとめた1)。
オゾン(O₃)やその解離生成物である原子状酸素(O),励起一重項酸素(¹O₂)は,基底状態の酸素分子(O₂)に比べ,極めて強い酸化力を有しており,特に水分子(H₂O)から水素原子が1個脱離したヒドロキシラジカル(以下,OHラジカル)は活性酸素種の中でも108~109(L/mol/sec)と桁違いの速度定数をもっていることがわかる。
表1 活性酸素種の反応速度定数 (単位:L mol⁻¹sec⁻¹)1)
活性酸素種 | ヒドロキシラジカル OH |
励起一重項酸素 O₂¹Δg |
原子状酸素 O |
オゾン O₃ |
スーパーオキシド O₂⁻ |
基底状態酸素分子 O₂ |
---|---|---|---|---|---|---|
速度定数 | 10⁸-10⁹ | 10⁶-10⁷ | 10⁵-10⁶ | 10²-10³ | 1-10 | 10⁻³⁰ |
ここで“ラジカル”とは不対電子を持つ原子分子状態の意である。
厳密ではないが,図1にOHラジカル電子配置の概念図を示した。
通常,電子はスピンが逆向き(図では上下の矢印↗↙)の2種類の電子が対をなして,原子軌道もしくは分子軌道に入っているが,ひとつの軌道に一方向の電子スピンのみが入っている状態を不対電子と呼び,電子が対をなして軌道に入っているときよりも他の原子分子と結合しようとする働き,すなわち反応性が高い状態となっている。
OHラジカルの反応としては,電子移動反応,水素引抜き反応,付加反応,ラジカル同士の結合反応など挙げられるが,中でも重要なのが,OHラジカルがラジカルを持たない反応相手に不対電子を供与し,そこで生成した新たなラジカルが次の反応相手に不対電子を供与するといったように連鎖的にラジカル反応が進行し,数々の反応生成物を生み出す点にある2)。
このような連鎖反応が,例えば微生物のタンパク質やDNAを変質させ,不活化に至るとされている3)-7)。
このようにプロセスで重要といわれているOHラジカルであるが,大気中での寿命がマイクロ~ミリ秒(μsec~msec)オーダーと短く,また,プロセス空間中にどの程度の密度で生成されているかを直接計測する手段はほとんどなく,反応機構の十分な理解には至っていない。
そこで本資料では,UVランププロセス下におけるOHラジカル空間数密度のレーザー誘起蛍光(Laser Induced Fluorescence)法による計測について検討を行ったので,その概要を報告する。
2.実験方法
2.1 レーザー誘起蛍光法の概要
レーザー誘起蛍光法(以下,LIF法と略す)は原子,分子,ラジカルなどの密度や温度を計測するためのレーザー分光技術のひとつである。
基本原理としては,特定波長のレーザー光を測定対象となるラジカル種(気体原子,分子)に照射し,ラジカルの電子励起・脱励起に伴う蛍光発光(放射光)をバンドパスフィルターを介して光電管(フォトマル)でLIF信号として計測する。
ここでは,東京大学,新創成科学研究科,小田・小野研究室保有のLIF装置を用い,OHラジカルの計測を行った。
図2にはOHラジカルのエネルギー準位図2),図3にはLIF計測の概略図を示した。
各図をもとにOHラジカルのLIF法によるラジカル密度計測方法を説明する。
YAGレーザー光(波長355nm)を共振器(Parametric Amp.)で564nm光に変換,さらに倍波素子(BBO)で282nmに変換し,空間中に存在する基底状態OHラジカル(X²Π,v”=0)が光吸収,励起した際に上準位(A²Σ⁺,v’=1)から直接基底状態(X²Π,v”=1)に電子遷移したときの放射光(蛍光,波長315nm)及び振動準位v’=1からv’=0へ振動緩和した後に基底状態遷移で放射される蛍光(波長309nm)強度をそれぞれ光電増倍管(PMT,HAMAMATSU,R212),デジタルオシロスコープ(Textronix,TDS3034B)でLIF信号として検出する。
得られたLIF信号を次式(1)に導入し,OHラジカル密度を得ることができる。
ここで,ILIFはLIF信号強度(光電管での測定値),cはLIF信号の捕集効率(3×10⁻³),Vは測定領域の体積(1×3.5×10mm³),A,Bはそれぞれ自然放射及び誘導放射の確率を示すアインシュタインのA係数(9×10⁴ /sec),B係数(2×10²cm/(W・sec)),ILはレーザー光強度(2×10⁶W/cm),τはレーザーパルス幅(10nsec),N₁は基底状態OHラジカルの空間密度(/cm³)である。
2.2 実験系の概略
本実験では,図3に示した基本構成にて,図4に示すようなランプボックス(W80×D200×H400mm,容量6.4Litter)内部に低圧水銀ランプ(型式QGL21U-3YS,出力21W,有効発光長210mm)を組込み,ボックス側面から中空糸フィルター(AGC,SUNSEP_SWB-01-100)を介して供給した加湿空気及びボックス上部から供給した乾燥空気(大陽日酸,純空気G2)を混合することでランプボックス内部の相対湿度(R.H.)を約75~5%の範囲でコントロールし,OHラジカル生成密度の相対湿度依存性を調べた。
なお,低圧水銀ランプ下においては,以下のような気相化学反応によって,活性酸素種が生成する。
ここで,O(³P)は3重項酸素原子,O₃はオゾン,O(¹D)は励起一重項酸素原子,O₂(a¹Δg)は励起一重項酸素分子,O₂(X³∑g⁻)は基底状態3重項酸素分子,Mは第3体(この場合,O₂,N₂)である。OHラジカルは式(6)励起一重項酸素と水分子(H₂O)との反応,及び式(7)水分子(H₂O)の185nm真空紫外線の吸収によって生成し,式(9),(11)の反応で消滅することがわかる。
本実験ではランプから放射される185nm真空紫外線,254nm紫外線の照度を岩崎電気ダイヤモンド紫外線モニタEVUV-200及びオーク製作所UV-M03Aで,ランプボックス内部で生成するオゾン濃度をオゾンモニタ(EBARA,EG-2001)でそれぞれ測定し,あわせて上記構成でOHラジカルのLIF計測を行った(図5)。
なお,OHラジカル計測に先立ち,計測雰囲気に存在するオゾン(O₃)がレーザー光によって解離し,元々存在していなかった原子状酸素(O¹D)及びOHラジカルを新たに生成する“オゾン干渉”がないこと,またUVランプからの放射光によってLIF信号が増減しないことを確認している。
参考文献
- 杉光英俊:オゾンの基礎と応用,光琳,pp.20-29(1996).
- 中山繁樹,他:OHラジカル類の生成と応用技術,NTS,pp.90-93(2008).
- 高島征助,他:医器学,Vol.72,No.3,93-97(2002).
- Kohki Satoh, et. al.:Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 46, No. 3A, pp.1137-1141(2007).
- Nobuya Hayashi, et. al.:Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 45, No. 10B, pp.8358-8363(2006).
- 渡辺 隆行:プラズマ・核融合学会誌, 第75巻, 第6号, pp.651-658(1999).
- Lindsey F. Gaunt, et.al.:IEEE Trans. on PLASMA SCIENCE, Vol. 34, No. 4, pp.1257-1269(2006).
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