創造人×話

レジンプリントがもたらす繊細な光の表情を追求することに喜びを感じています。

上原 灯さん版画作家

今回は版画作家の上原灯さんをご紹介いたします。
2023年に美大の大学院を修了された上原さんは大学で銅版画を学び、在学中に鹿沼市立川上澄生美術館で個展を開催、若くして数々の賞を受賞されるなど、美術界で注目されている若手実力派作家です。
「レジンプリント」というオリジナルの版画技法を生み出し、透明感のある素敵な作品を制作されていらっしゃる上原さんに版画の魅力について、また作品に対する想いについてお聞きします。

はじめに、新進気鋭の版画作家として注目されていらっしゃる上原さんが版画家への道を歩まれるようになったきっかけからお聞かせください。

「Unrecoverable_?」2022年

もともと私は絵を描くことが大好きで、小学生の頃から絵画教室に通い、油彩画を描いていました。
特に細かい描写が好きだったので、高校に上がる頃にはボールペンで描いたりしていたのですが、もっと細かく緻密に描く方法はないかと考えていた時に出会ったのが銅版画でした。
大学は山形県にある東北芸術工科大学の美術科版画コースに進学して版画を学び、2023年に大学院を修了しました。

私が生まれ育った栃木県鹿沼市は、「木版画の詩人」と呼ばれた版画作家 川上澄生氏の作品が展示されている鹿沼市立川上澄生美術館があり、版画の発展にも力を入れている街なので、大学在学中にこの美術館で初の個展を開催できたことは、私にとって非常に感慨深いものでした。

山形で過ごされた6年間はいかがでしたか?

「Unrecoverable_?」部分

山形はとてもよいところで、四季を感じることができますし、自然あふれる環境とその空気感が私には合っていたように思います。
現在は地元に戻って創作活動をしていますが、今でも懐かしい大好きな場所です。
大学では銅版画を学び、最初の頃はモノクロの作品を中心に制作していました。
ところが大学4年生の頃から、徐々に自分が目指す方向として、感情の揺らぎや音などから芽生えるイメージをモチーフにした、目に見えない、実体のない世界を表現したいという気持ちが大きくなり、それには銅版画の持つ版の重みや紙という物質性は合わない気がしたのです。

透明な版画ができないかと模索し、ドライポイントという技法を応用して、銅板ではなく塩ビ版に原画をツイストニードル(針)で彫ることで透明な版をつくったり、そこにカラーのインクで彩色したりと研究を重ねた結果、エポキシレジンという無色透明の液体樹脂を用いた「レジンプリント」というオリジナルの版画技法にたどり着きました。

「レジンプリント」とは、どんな技法なのかをお教えください。

「レジンプリント」は、原版から図像をうつしとる際に紙の代わりに液状のエポキシ樹脂を使用することにより、透明な版画を制作する技法です。
レジンには種類があり、UV-LEDのライトを照射して硬化するものもありますが、私が使用しているのは主剤と硬化剤を混ぜ、化学反応で硬化させるエポキシレジンです。
気温や湿度によって変化するため扱いが難しいのですが、透明性を重視し、緻密な表現を求めている私にとってはやり甲斐がある技法となっています。

原画を彫るのに用いているツイストニードル
「紅葉の幻」2024年
2023年 第66回CWAJ現代版画展にて

大学院の時に制作された作品が、新人版画作家の登竜門「CWAJ現代版画展」にて“ロロ・ピアーナ女性アーティスト奨励賞”を受賞されたと伺いました。どのような作品なのでしょうか?

歴史と伝統のある版画展に参加させていただき、イタリアのファッションブランド、ロロ・ピアーナ ジャパン社が女性アーティストをご支援くださる奨励賞を受賞できたことは大変光栄で、私にとって大きな励みとなりました。
賞をいただいた作品は大学院2年の時に制作した「unrecoverable_?」というタイトルの作品です。
私の心の中にあったさまざまな気持ちや感覚を留めておきたいという想いを込めて、レジンの透過性と音楽や言語記号に宿る叙情性を重ね合わせ、思考の中に漂うイメージの残像のような世界を表現しました。
時間とともに変化する人の感情や音の粒子は空間に留めることはできないという儚さを、文字化けした解読不能の詩になぞらえ、その一部分を汲み取った状態でフレームの中に浮遊させた作品です。

「巴(ともえ)」2017年

上原さんの作品は透明感があり、光をとても大切にされているように感じます。光の捉え方についてお教え願います。

「瑠璃の心臓」2023年

私にとって光は重要な要素であり、2024年3月に伊勢丹・新宿店で開催した個展を皮切りに福岡や小倉、名古屋、立川などで行っている巡回展のタイトルも、『光と色彩の版画展』、『~光のカタチ~』としています。
植物や空想の星雲、雪の結晶などをテーマにした透明な作品を、特殊なピンを用いてボックスフレームに浮かせて額装しており、空間の照明や時間によって変化する光と影の現象を表現の一部として楽しんでいただけると嬉しいです。
自然光のもとでは優しく見えたり、スポットライトで照らし出すとよりクリアに見えたりと、光によって異なる繊細な表情を見せてくれるライブ感も魅力のひとつだと考えています。

作品を制作する時に、透明な液体レジンが持つ流動的な揺らぎと、そこに浮かび上がる色鮮やかなモチーフが織りなす思いがけない形に出会うことがあり、自分がやりたかった表現方法を試行錯誤のうえで発見できたことに喜びを感じています。

透明な版から剥離したばかりの作品。「瑠璃の心臓」

若手版画作家として活躍されている上原さんがこれから挑戦してみたいことや、今後の抱負についてお聞かせください。

「廻る光と鏡の国f」2024年

版画の世界は奥深く、私は細かいところに工夫を凝らすことが好きですので、これからも版画の魅力をより多くの方々に知っていただけるよう、新たな可能性を模索していきたいと思っています。

今は日常の生活に彩りを感じていただけるような作品をつくっていることもあり、展示会にいらした方々がキラキラとした目でご覧いただいている姿を拝見したり、「疲弊したときにたどり着くオアシスのよう」と感想をいただいたりすると、とても嬉しくありがたい気持ちになります。
透明性があり、光を感じることができる作品だからこそ、癒しの効果を感じていただけるのではないかと思います。

一方で将来的には、音楽や映像など異なるジャンルの方々とのコラボレーションで新しい“空間芸術”をつくり出すことも目指しています。
作品をつくって、額装して終わりではなく、もっと多様な表現方法があると信じながら、版画の範疇を超えた作品づくりに挑み続けたいと考えています。

上原 灯(うえはら あかり)

1999年
栃木県生まれ
2021年
東北芸術工科大学美術科版画コース 卒業
2023年
東北芸術工科大学大学院芸術文化専攻絵画領域 修了

〈受賞歴〉

2020年
第45回全国大学版画展 優秀賞
2021年
公益財団法人クマ財団クリエイター奨学金第5期生採択
第88回日本版画協会展B部門 賞候補
2022年
第47回全国大学版画展 優秀賞・観客賞
2023年
第66回CWAJ現代版画展 ロロ・ピアーナ女性アーティスト奨励賞

〈主な展示〉

2021年
鹿沼ゆかりの版画家 上原あかり展(鹿沼市立川上澄生美術館)
第88回版画展 画廊選抜展(養清堂画廊)
2023年
ピュシス NEXT II-版の表現者たち-(養清堂画廊ほか)
第66回CWAJ現代版画展(代官山ヒルサイドフォーラム)
2024年
上原灯-光と色彩の版画展(伊勢丹新宿店本館6階アートギャラリー)
上原灯 作品展(阪急うめだ本店10階「アートアップデコ」) など展示多数