創造人×話

和蝋燭の魅力を広めることで、その文化を後世に伝承していきたいです。

櫨 佳佑さんHAZE代表/和蝋燭作家

今回は和蝋燭作家の櫨佳佑さんをご紹介いたします。情緒ある蔵造りの街並みが広がる川越市に構える工房兼店舗HAZEを拠点に、日本古来の伝統工芸品である和蝋燭をつくり続け、その伝統を未来へと繋ぐ活動をしていらっしゃる櫨さんに、和蝋燭の持つ魅力、そしてものづくりに対する思いをお聞かせいただきます。

和蝋燭は、室町時代に櫨(はぜ)の実を原料として作られたのが始まりだと伺っております。まず始めに、櫨さんが和蝋燭づくりを始めたきっかけからお教えください。

手掛け製法だからこそ生み出せる質感や色合い。手づくりのため1本1本少しずつ表情が違う。写真はグラデーションシリーズの「光年」

大学卒業後、会社員をしていた私は、心のどこかで「自分は本当に人のためになる仕事ができているのだろうか」という疑問を持ちながら暮らしていました。そんな中、2011年に東日本大震災が発生し、自分の価値観が大きく変わるきっかけとなりました。そして、せっかく限りある人生の大半を仕事に費やすのであれば、もっと世の中や社会に貢献できる仕事をして誰かの役に立ちたいと思うようになりました。では何をすればよいかと模索していた時に繋がったのが和蝋燭だったのです。

和蝋燭との出会いについてお聞かせください。

和紙にいぐさの髄と木綿を巻いた灯芯は、串に刺して蝋をかけ、一度乾かす。乾いたら何度も手で塗り重ねて太くしていく

私は奈良県出身で、母方の実家が和蝋燭の名産地である滋賀県だったこともあり、お盆のお墓参りに持って行ったり、仏壇に灯したりと、和蝋燭は幼いころから馴染みのある存在でした。ところが、会社員時代に帰省のお土産として同僚に和蝋燭を贈ったところ、埼玉県出身の彼はその存在を知らずに感激し、私自身はそれを知らない人がいることに衝撃を受けて、改めて和蝋燭のよさを実感することになりました。そして、2人で和蝋燭について調べてみると、現在は生産量が減り、蝋燭屋も少なくなり、櫨蝋(はぜろう)の生産を専門とする製造元は九州に2軒、いぐさの灯芯の製造元は奈良県に1軒しかないという状況にあることを知りました。

このままでは10年後には日本からなくなってしまうのではないかという危機感を覚えるとともに、この日本古来の素晴らしい伝統工芸品を途絶えさせず、もっと世の中に広めていきたいという思いを強く持ち、震災の翌年にその彼と一緒にHAZE(ヘイズ)を設立しました。生涯をかけてやりたいことに出会えたのだと思っています。

実際に和蝋燭づくりはどのようにスタートされたのでしょうか。

櫨蝋の原料となる櫨の実

最初は工房への弟子入りを考え、全国に10件ほどある和蝋燭を手がける会社や工房に連絡をしてみましたが、家族経営のところも多く、人を雇う余裕がないと断られてしまいました。そこで独学でつくることを決めて、資料となる文献を探すとともに、インターネットで調べ始めました。そして、昭和の時代に作られたNHKの「手しごとにっぽん」というシリーズの中で、今もある愛媛県内子町の「大森和蝋燭屋」の先々代の職人による和蝋燭づくりを紹介している番組を発見しました。その映像から和蝋燭づくりの手順や道具などを参考にさせていただき、それらを手がかりにして試行錯誤しながら知識を得て、和蝋燭づくりを始めました。

そもそも和蝋燭とはどのようなものなのでしょうか。一般的なキャンドル(洋ローソク)との違いやその魅力を教えてください。

太い灯芯で安定感のある、和蝋燭の大きな灯火。パチパチと心地よい音を立てて優しくゆらめく

一般的に流通している洋ローソクは、石油由来のパラフィンを原料にしているのに対し、和蝋燭はウルシ科の櫨という木の実を絞った植物性の櫨蝋を原料としています。そのため、洋蝋燭に比べ匂いもなく油煙やスス、蝋垂れが少ない、芯が太く風が吹いても消えにくい、ゆらゆらとゆれる情緒溢れる大きな灯火などの特徴を持っています。

和蝋燭の始まりは室町時代で、盛んにつくられたのは江戸時代になってからと言われていますが、高価なもので庶民には手が届かない存在だったようです。明治時代に入り、洋ローソクが輸入されるようになると一般家庭でも使われるようになり、生活スタイルが変化していくこととなったので、人々の生活の変化に洋ローソクは役割を果たしていた側面もあると思います。その後は電気の普及により、蝋燭は夜を灯すための実用的な用途から、暮らしの中のさまざまなシーンで使われる用途へと変遷していきました。

和蝋燭は、中が空洞芯になっているため空気が流れやすく、風がない時でもゆれたり、炎がパチパチと弾んだりするような現象が起こります。この炎のゆらめきには、小川のせせらぎや波の音のように心と体にリラックス効果をもたらすとされる「1/f(エフブンノイチ)のゆらぎ」があり、心地よく心を落ち着かせる光の癒し効果があるといわれています。

グラデーションシリーズ「糸杉 Cypresses by Vincent van Gogh(1889)」

櫨さんがつくられているHAZEの和蝋燭についてお聞かせください。

灯芯、櫨蝋、色素、全て植物由来の草木色シリーズ

和蝋燭は、櫨蝋屋、灯芯屋、蝋燭屋の3つの分業制で成り立っています。私は、日本の伝統工芸の分業というあり方を尊重しながら、現代の和蝋燭と新たな価値の創造を目指し、日本古来の技法である手掛け製法を用いて、櫨蝋を1本1本手で塗り重ね、手間ひまをかけて和蝋燭づくりを行っています。温度や湿度によって差があるため、ひとりで製造できる数は夏場なら1日150本、冬場は300本程です。

古くから伝わる和蝋燭が、現代のライフスタイルに受け入れられる魅力的な存在となるよう、HAZEでは伝統を重んじつつ、バリエーション豊かな和蝋燭づくりに取り組んでいます。日本の神道で神聖なものとして扱われてきた塩や麻を蝋燭に混ぜ込んだ浄化和蝋燭シリーズや、植物から抽出した色素で色付けした草木色シリーズ、風景や季節の色彩を和蝋燭で表現するHAZEオリジナル絵蝋燭のグラデーションシリーズなどがあります。

多忙な日々を送る現代の人々に、火を灯してその灯火を眺める心豊かなひとときを過ごしていただきたいという願いを持って、私たちは暮らしの中のさまざまなシーンに寄り添う和蝋燭を提案しています。

定期的にワークショップを開催されるなど、和蝋燭の魅力を伝える活動を積極的に行っていらっしゃる櫨さんの今後の抱負についてお聞かせください。

和蝋燭を灯すための燭台のデザインや色付けも、櫨さん自身で行っている。写真は「Core 藍」
写真提供:HAZEさま

私はビジネスとしてではなく、後世に継承していきたいという気持ちで和蝋燭づくりを始めましたが、その思いは今も変わっていません。ワークショップも、より多くの方に関心を持ってもらい、使う人とつくる人の両方を増やしていきたいと思って開催しています。

日本にはキャンドル作家さんがたくさんいるのに、まだ櫨蝋でつくる和蝋燭はあまり知られていませんので、興味を持った方にはぜひ参入していただきたいし、ご希望される方には、灯芯や蝋づくりの製造元などの情報を提供しています。これからも和蝋燭という素晴らしい日本の文化を伝える活動を続け、和蝋燭業界自体を盛り立てていきたいと考えています。

また、アートとしての和蝋燭を探求するとともに、蝋燭以外でも櫨蝋の持つ独特の世界感を引き出す作品づくりにも挑戦していきたいと思っています。真家と合作で、写真をプリントした和紙に蝋引きを施した作品を制作したこともあり、今後も櫨蝋の持つ可能性を追求しながら、自由な発想で創作活動を続けていきたいです。

櫨 佳佑(はぜ けいすけ)

1981年生まれ。奈良県出身。
2012年HAZE(ヘイズ)設立。
2015年埼玉県川越市に店舗開業。
デザイナー、広報を含めた合計4人で活動を行う。