創造人×話
伝統技術を受け継ぎながら、新しいものづくりに挑戦し続けていきたいと考えています。
佐藤 裕美さん伝統工芸士
今回は、新潟を拠点に新たなものづくりを発信し、多方面で活躍されている伝統工芸士の佐藤裕美さんをご紹介します。古くから仏壇の産地として知られる新潟で、約190年の歴史を持つ「林佛壇店」の長女として生まれた佐藤さんは、6代目を継ぐべく修行を続けながら、仏壇制作の蒔絵技術を生かした作品を数多く制作。入手困難なお猪口など、その人気はとどまるところを知らず、注目を集めていらっしゃいます。
佐藤さんは、江戸時代後期から続く「林佛壇店」に生まれ、お父様の林芳弘さんは漆塗箔押部門の伝統工芸士、お母様の林由利子さんも蒔絵部門の伝統工芸士であると伺いました。ご家族揃って伝統工芸士の資格を持っていらっしゃるのですね。
「林佛壇店」は、国指定の伝統工芸品「新潟・白根仏壇」を継承する店で、父、母ともに伝統工芸士の資格を持っており、私も2015年に蒔絵部門で資格を取得しました。
絵の上手な母が沢山描いてくれたこともあって、私も小さな頃から絵を描くことが好きで、将来は絵の道に進みたいと中学校くらいから思うようになり、高校卒業後は専門学校のデザイン科に進みました。在学中から家業の手伝いをしていたので専門学校を終えた後は、自然と家業を継ぐ修行を始めたのですが、最初の2~3年は漆にかぶれて全身が痒くなるし、蒔絵には毛先の長い特殊な筆を使うため、扱いが難しく思ったように描けなくて、なかなか辛かったです。
伝統技術を継承する道を歩みつつ、イラストレーターとしての顔も持つ佐藤さんは、蒔絵師としての仕事の他にどのような活動をされていらしたのでしょうか。
家の仕事が9時から18時までだったので、その時間はとにかく蒔絵に専念し、夕飯を食べた後の19時頃から眠くなるまで、ずっと絵を描く日々を送っていました。ある時、居酒屋さんの外壁に絵を描いて欲しいという依頼を受けて外で描いていたら、道行く人々から応援していただいたりして、とても楽しく、その後も飲食店の内装を頼まれて蒔絵の柄を参考にした図柄を描いたところ好評をいただきました。それから次々に仕事の依頼が増え、漆とイラストレーターの仕事、そのどちらもますます好きになっていきました。
包丁の鞘に蒔絵を描いたり、子どもたちの手形でアート作品をつくったり、ネイルアーティストの妹と家族一緒に蒔絵ネイルを考案したりと活動の幅も広がっていきました。
そんな佐藤さんが手がけるプロダクト、〈宙COCORO(そらこころ)〉は、2019年の販売開始以来、繊細かつ壮大な魅力に溢れる酒器シリーズとして、絶大な人気を誇っています。販売に至るまでの経緯についてお聞かせいただけますか。
〈宙COCORO〉は、ステンレス製のお猪口に独自の焼き付け技法で蒔絵を施した作品です。〈宙COCORO〉誕生のきっかけは、レクサス主催のプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2018」で新潟県の匠に選ばれたことでした。
私は父とともに15年以上前から金属に漆を焼き付ける技法に取り組み、試行錯誤を繰り返しながら研究を重ね、ZIPPO(オイルライター)に鳳凰や風神雷神の絵柄を焼き付けたりして技術の習得に努めていました。そこで、このプロジェクトでは金属加工業が有名な新潟県燕市にルーツを持ち、ステンレスなどの金属加工を手がける会社に酒器制作を依頼し、ステンレス加工技術と酸化発色の独特な質感に、焼き付け技法で蒔絵を施した作品づくりに取り組みました。
デザインについても、蒔絵の伝統柄である花鳥や和紋など写実的な絵柄ではなく、抽象的な模様にしようと思い、宇宙をイメージしながら星や星座を絵付けし、小さなお猪口に広がる宙を表現した作品を発表しました。
その後、〈宙COCORO〉は大反響を呼び、今ではお猪口の入荷を心待ちにするファンが全国各地にいて、オンラインサイトで販売されると数分で完売、抽選枠が設けられるほどの人気を博していらっしゃいます。佐藤さんの作品は、つくるのにとても手間のかかる工程がありそうですね。
そうですね、ひとつを完成するまでに本当に手間がかかるので、お猪口の制作だけに集中したとしてもひと月に最大50個位が限界で、通常は30個ほどしかつくることができません。木や紙などに漆を塗り重ねてつくる漆器と異なり、ステンレスに特殊な酸化発色の加工をかけ、そこに漆を焼き付けていく技法は、焼き付けによって変化するものもあればしないものもあり、たとえば青でも全然違った色味になります。
〈宙COCORO〉はお酒(液体)を入れた時にベストな状態になることを目指しているので、絵付けして焼き付けては水を入れて見え方を確認するという作業を繰り返し、少なくても10回以上は焼き付けて、ようやく完成に至ります。初めの頃は、この焼き付けに最適な温度や時間を見つけるために何度も失敗しながら作業に没頭し、床で寝てしまったことも度々ありました。
12星座シリーズの〈宙COCORO〉は、星の位置が正確に表現されていて、お酒を注いでのぞき込んでみると、より深みが増して見事なまでに小さなお猪口の中に壮大な宇宙が広がっています。そんな素敵な作品をつくる上でのこだわりがありましたらお教えください。
2枚のステンレス板を溶接した2ピース構造のお猪口は、中が空洞になっているので熱さを感じにくく、温度をある程度保つことができる利点を持ちます。漆は一度焼き付けると色が剥げないので耐久性に優れ、ステンレス製のため落としても割れないことも特長と言えます。また、お猪口の側面や底面にも漆を焼き付けることで、水滴や指紋よごれが付かない役割を持たせています。
素材については、本漆と純金粉を用いて絵付けを行うことにこだわっています。お猪口は湾曲していますので上から見た時、横から見た時と見え方が違いますが、いろいろ試した結果、真上から見た時を想定して絵付けをするようになりました。
お酒を入れて真上から見た時に星座が煌めく銀河を楽しんでいただけるのではないかと思っています。星座の位置についても、図鑑などで星の位置や大きさを調べて丁寧に、正確に再現するように努めています。繊細な作業が必要となり、時間もかかるのですが、細かいところまで気になる性分なので、自分で本当に納得できるものだけを出したいといつも考えています。
最後に今後の予定や抱負についてお聞かせください。
お酒だけではなく、ワインや他の飲み物にも使えるタンブラーをつくりたいと思っています。以前、何個かつくったことがあり、2年越しで待っていてくださる方々もいらっしゃるのですが、お猪口に比べて絵付けをするのが想像以上に大変で、なかなか完成できずにいます。これまで培ってきた技術にさらに磨きをかけて、近いうちにつくりたいと思います。
他には、秋頃に限定品として、蒔絵で季節のモチーフを描いた「春夏秋冬シリーズ」を展開する予定です。海外からの注文も多くあるのですが、まだ対応できていないので、ゆくゆくはお応えできるようにしていきたいと考えています。
私はこれまで、周りの方々に助けていただきながら創作活動を続けてくることができました。「林佛壇店」の屋号は、代々、惣の字を襲名してきた先代の名前から、丸惣といいます。その惣を「物」と「心」に分けて、私の屋号とした「惣 MONOCOCORO」には、ものづくりの心と、ものを大切にする心、という思いを込めています。これからも、伝統技術を継承しながら新しいものづくりに挑戦していきたいと思っています。
佐藤 裕美(さとう ひろみ)
蒔絵部門・伝統工芸士。
新潟県新潟市にある「林佛壇店」の長女として生まれ、6代目の継承者。専門学校でデザインを専攻。家業である仏壇や仏具の蒔絵をはじめ、ライター、和楽器、ネイルチップなど、さまざまな素材に蒔絵装飾を手がける。イラストレーターとしても活動中。
子どもの手形を用いた「手形アート」や、大人も子どもも楽しめる蒔絵体験などのワークショップも開催。〈宙COCORO〉は未来ショッピング、三越伊勢丹オンラインストア、三作SANSAKUにて販売。
※「ZIPPO」は、米国企業Zippo Manufacturing Companyの登録商標です。