創造人×話

模型を使った身体的思考から、どうやって新しい建築を作ることができるかということに挑戦し続けています。

中川 エリカさん建築家

今回は、中川エリカ建築設計事務所代表の中川エリカさんをご紹介します。建築家の登竜門とされるJIA新人賞、住宅建築賞金賞、吉岡賞など数々の賞を受賞され、早くからその才能が評価されている中川さんは、まだ30代という若さながら多くの実績をお持ちで、今後ますますの活躍が期待される若手建築家のお一人です。

はじめに中川さんが建築家を志された動機からお聞かせください。

ヨコハマアパートメント/撮影:鳥村鋼一

私が通っていたのは中高一貫の学校で、そこで数学の面白さを教えてくださる先生に出会い、ゲーム感覚で楽しく学んでいるうちに、とても数学が好きになりました。
そして大学を受験する際には理系学科への進学を希望しました。研究職や医療系は自分に向いていないと思ったこともあり、ある意味消去法で建築学科を選んだのですが、もともと工作が好きだったので、モノや思想を作っていく仕事であることに魅力を感じ、横浜国立大学の建設学科建築学コースに進みました。

大学を卒業後、東京藝術大学の大学院に進学されたのはどんな理由からでしょうか。

大学では3年の後期に藝大の学生と同じ課題を一緒に行う機会があり、とても刺激的でした。都市の中で建築をどのように位置づけるかという観点で敷地を広範囲に捉え、周辺環境を含んだ模型を作ることを特長としている横浜国立大学の学生に比べ、藝大の学生が作る模型は、材料ひとつを取っても全く異なり、何だかよく分からないけれど、とにかくモノとして力があるのです。同じ課題でもこんなにアウトプットの仕方が違うのかと思い非常に興味深かったし、理系の大学と美術系の大学との違いを体感しました。違う角度から建築を学び視野を広げたいという思いもあり、大学卒業後、東京藝術大学の大学院に行きました。結果的に理系と芸術系の両方の観点から建築を学ぶことができたことは、ハイブリッドな感覚として今の私の中に息づいていると思っています。

大学院卒業後、オンデザインパートナーズに就職されたのはどのような経緯だったのでしょうか。

オンデザインの西田司さんは横浜国立大学の先輩で、大学院時代に事務所でお手伝いをしていたこともあり、ご縁があって大学院卒業後に声をかけていただいて就職し、2014年に独立するまでの7年間在籍しました。大学で学んだこととは別に、お施主さんがいて予算があって法規があるなどの実務的なことを、一から学ばせていただいたと思っています。入社当時は、基本設計は西田さんが行い、スタッフが実施設計から参加するという方式でしたが、途中から新しい進め方を提案され、プロジェクトのはじめからスタッフも設計に参加し、基本設計を西田さんと共同するという方式を試みるようになりました。そして、私は当時まだ入社1年弱だったにも関わらず、その方式の第1号となる「ヨコハマアパートメント」という集合住宅の設計を西田さんと共同で手掛けさせていただく機会に恵まれました。

実務経験についてはまだまだ不足していて分からなかった私ですが、お施主さんからも“若い人が、たとえば創作や展示など、何かを共有しながら住むことができるような集合住宅を作りたい”というご要望をいただいていましたので、作る側ではなく、使う側の実感としてここで何ができたら楽しいのだろうと考えるところから設計を始めました。そして4世帯の住宅が2階にあり、1階には様々な用途に利用可能で街にも開かれた半屋外の共用部があるという、ちょっと変わったかたちの集合住宅を作りました。竣工後は、使う側からの視点で考えた建築であること、地域との関係性をもたらす建築であることなどが着目され、おかげさまで多くの批評をいただいたり取材を受けたりと、一スタッフにもかかわらず、外でお話させていただくことが増えたことで、自分の仕事を客観的に捉える機会も増えたように感じています。西田さんと共同設計したこの「ヨコハマアパートメント」は、2011年度のJIA新人賞を受賞いたしました。

ヨコハマアパートメント/撮影:鳥村鋼一

2014年に独立されていらっしゃいますが、きっかけは何かおありでしたか。

徐々に自分一人でやってみたらどうなのかと漠然と考え始めていた頃に、横浜国立大学大学院の設計助手に応募したことがきっかけとなって、2014年に独立しました。設計助手の任期は2年でしたので終了し、現在は5校の大学で非常勤講師を勤めています。学生に教えるということは自分の考えが外に出るということなので、一度咀嚼することにより改めて自分の考えに気づくことも多いです。設計ばかりを夢中になってやるばかりではなく、目指したい建築について客観的に考えることが出来る時間を持てることは有難いと思っています。また、他の先生もとても面白い方が多いので、常に自分以外の考えに触れるという意味でも、自分を客観視する良い機会になっています。

建築家として大切にされていらっしゃることをお教えください。

これまでの近代建築が限界を迎えつつある中、新しい建築のかたちを若い世代が出していかなければならないという思いを強く持っています。それぞれ建築家によって出し方は違いますが、私は建築の表現手法の中でも模型が特に好きなので、検討の際にも、新しい建築を生み出すための最重要ツールとして活用しています。なぜこんなに好きなのかと自問してみると、身体的に実感しながら考えられるからということに思い至ります。抽象的な思考ではなく実際にのぞき込んだり、揺らしてみたりできるので、より直感的に感じることができますし、模型は決して嘘をつきません。

オンデザイン在籍中に、住宅プロジェクトで一般の方にプレゼンをする際、図面で説明するよりも模型を作ってお見せする方がフェアにコミュニケーションを図ることができたという経験もありますし、独立してからは、大きな模型で作るからこそ新しい建築が生まれるのではないかという期待がより一層膨らんできて、図面とは違う模型ならではの建築の組み立て方を大切にしています。もちろん最終的にはCGや図面とも組み合わせて一つの建築としてブラッシュアップしていくのですが、図面では考えられないような組み立てを模型で作る際には、構造的に可能なのかを検証するため、早い段階で構造設計の方に加わっていただき、エンジニア目線で具現化しています。

構造設計の方に知恵やご意見をいただきながら新たな建築のかたちをつくり出すことに面白さを感じながら、設計に取り組む日々を送っています。

中川さんが手掛けられた、クリエイティブチーム「ライゾマティクス」新オフィス移転計画について少しお聞かせ願います。

「ライゾマティクス」のオフィスでは、高天井のワンルームという特性を生かして、竣工した時が完成ではなく、使う人々が自由に活動を積み重ねていくことができる状況を目指しました。既存のラーメン構造(柱と梁が剛接合している構造)鉄骨鉄筋コンクリート造の躯体を利用しつつ、「ビッグテーブル」という中2階を作り、ひとつの場所をプログラムによって区切るというよりも、実際の使い方によってすべての場所が自然と混ざり合い、重なり合っていくようなオフィスのあり方を提案し、大きな模型をのぞきこみながら設計を進めました。竣工後は私たちが設置した木造の「ビッグテーブル」に、その場で働く人たちによって棚が造作されていたりして訪れる度に発見があって、設計者としてとても嬉しいです。このプロジェクトは、ある意味で街づくりにおけるマスタープランのつくり方にも通じる部分があります。最初からきっちりと決めてしまうのではなく、ある程度バラバラにしておくことで、後で足されるものも自然に混ざっていくのではないかということを教えてもらったような気がします。それは例えるなら庭のような状況です。どこかで花が咲いた時に、そこは花が咲く場所ではないと言って雑草のように抜いてしまうのではなく、その花に愛着を持って育てていけるような土壌を作りたいという思いがあります。何か思いがけないことが起こった時に、アクシデントとして捉えずに、ストーリーのきっかけになるような、そんな建築を作りたいのだと、ライゾマティクスのプロジェクトを経て、いま感じています。

ライゾマティクス新オフィス移転計画/撮影:鳥村鋼一

建築家として、照明やあかりについてはどんな考えをお持ちでしょうか。

桃山ハウス/撮影:鳥村鋼一

私は単に数値で測ることができないあかり、居心地の良いあかりを大切にしたいと考えています。自然に近い「1/fゆらぎ」風を採用した扇風機のように、照明も揺らぎやむらによる心地よさについて、探求をしてみたいです。ルクスだけで決めてしまうのではなく、もう少し周りの環境も含めながら、言葉にできない状態を踏まえて、人間の心地よさを追求する照明環境を作っていけたらいいのではと思っています。

2018年に手掛けた新宿パークタワーのビル勤務者専用ラウンジでは、500m²程の広さの中にスポットライトであえて光のむらを作りました。すると、昼寝をしたい人は暗いエリアを、ミーティングをする人は明るいエリアを自由に選択して使っていただいていたのです。屋外と屋内は通常、防水ラインという大きな境界線があるのですが、光で連続するような空間を作ることで、その境界を体感的に乗り越えることができたら面白いなぁ、と興味を持っています。

現在手掛けていらっしゃる仕事と今後の抱負についてお教えください。

桃山ハウス/撮影:鳥村鋼一

軽井沢で住宅兼子どものためのアートスクールを作りたいという方の設計や東京・神宮前に見たことのないオフィスを建てたいというご依頼、また集合住宅や仮設建築の設計などに取り組んでおり、2021年初頭には個展の開催も予定しています。どの建築も引いてみれば人間の生活空間であることに変わりはありませんので、建築のジャンルにはこだわらず、チャレンジし続けたいと思っています。私は2018年に出産し1歳2ヶ月の息子がいるのですが、彼の先入観にとらわれない自由で動物的な環境の捉え方から学ぶことも多く、子どもの空間があまりにも共通標準化された枠に閉じこめられていることに気がつきます。幼稚園や児童館など子ども向けの施設に限らず、美術館や図書館などにおいても、子どもたちや人間たちが、もっとイキイキと発見的に過ごすべきだというビジョンを持つと、これまでと違う場所や空間の作り方ができるのではないかと実感しているし、何かかたちにできるといいなと思っています。屋外空間の使い方についても、現状は、どこか型にはめられているように思えます。屋外空間を主役にしたデザインの事例がとても少ないことを踏まえながら、もっとランドスケープや生物学の専門家の方と共同することができたら、これまでとは少し違う視点や技術から、屋外空間を考えられる可能性があります。独立後に初めて手掛けた新築の建築で、大きな模型をスタディとして活用することに手ごたえと可能性を感じさせてくれた「桃山ハウス」のように、今後も、内と外の境界を乗り越えた大らかさを持つ建築のかたちやあり方を追求していきたいと思っています。

中川 エリカ(なかがわ えりか)

1983年
東京都生まれ。
2005年
横浜国立大学工学部建築学科卒。
2007年
東京藝術大学大学院美術研究科修了。
2007〜2014年
株式会社オンデザインパートナーズ勤務。
2012年
横浜国立大学非常勤講師。
2014年
中川エリカ建築設計事務所設立。
2014〜2016年
横浜国立大学大学院 建築都市スクール 設計助手。
2017年
日本女子大学非常勤講師。

現在、東京藝術大学、横浜国立大学、法政大学、芝浦工業大学、日本大学非常勤講師。

受賞歴

  • 2011年 JIA新人賞
  • 2016年 第15回ヴェネツィア・ビエンナーレ 国際建築展 国別部門 特別表彰
  • 2017年 住宅建築賞2017金賞(桃山ハウス)
  • 2018年 U-35ゴールドメダル(塔とオノマトペ)
  • 2018年 第34回吉岡賞(桃山ハウス)
    他多数